■ 199.「抗いながらも、求めずには」

LastUpdate:2009/11/15 初出:YURI-sis

 背中で両腕を縛られてしまうと、いよいよ(抵抗できないのだ)という実感は強くなって。けれど抵抗する力を奪われたことで、正直却って気が楽になるような気が映姫にはしていた。
 縛って欲しいと映姫から強請った瞬間にアリスから得も言われぬ表情で見つめられたことだけは、何か誤解を産みそうでちょっとだけ後悔してもいるけれど。それでも、縛って貰えるよう頼んでよかったと映姫は思う。抗わなければならないと考えてしまう理性は、アリスに愛されたいと希う感情とは全く相反するものであるから。願望を通して理性を封じ込めるには結局、意志ごと雁字搦めに縛り上げて黙らせてしまうのが手っ取り早いことなのだ。

 

「縛られて安心するなんて、随分と酔狂なのね」

 

 けれど、アリスのそうした言葉が甘い夢心地に浸っていた映姫を現実へと引き戻す。酔狂と言われれば確かにその儘の感情で、映姫がやっていることは――言い訳さえ出来ない自分の感情への逃げ道に他ならなかった。
 アリスを愛している。この幻想郷の中に於いて他の誰にも僅かにさえ抱くことのない特別な感情を、いつしかただ彼女にだけ抱かずにはいられなくなっていた。
 その感情自体はもう仕方が無いものだ。所詮恋愛感情というものは、自分の意志を始点にして抱く類のものではないのだから。好きになってしまったが最後、その感情そのものはもう否定や改竄の余地など残してはくれないのだ。
 けれど、だからといって。女同士でありながらアリスを愛する感情を自分に許したからと言って……そのままアリスに愛されたいと願う感情まで、自分に許すことができるほど映姫は器用ではなかった。
 愛されたいという願望は、即ち自身の躰を求められたいと願う限りなく直情的な衝動だ。私達のどちらかでも男性に生まれていたなら、或いは男女の交わりとして生殖的に許すことができたかもしれないけれど。……女同士である私達に於いて、躰を求められたいと願う感情は余りにも快楽だけを安易に求めるものでしかなく、釈明の余地など残されていようはずもない。
 故に映姫は素直な感情の儘、それを自分に許すことができなかった。アリスを愛したいと思う、アリスに愛されたいと思う。でもそれは……罪深く、許されない衝動だ。

 

「……全部、私のせいにしていいから」

 

 自分を許せない。その想いに縛られている映姫にとって、アリスが掛けてくれたその言葉はあまりにも救われるような言葉で。……同時に、信じられない程に映姫の心を汲み取った言葉でもあった。
 映姫の抱く葛藤の総てを理解した上で、その総てを引き受けるというのか。その罪の総てを引き受けるというのか。確かにアリスがそう言ってくれるなら些かにも罪の意識は軽減されるかもしれないけれど、自分などの為にそこまで言ってくれる真摯な彼女の優しさが、自分にはあまりにも有難く、そして勿体ないものに思えてならない。

 

「あなたは……聡い人ですね、アリス。私の心なんて総てお見通しなのですか」
「別に賢さなんて関係ないわよ。あなたを愛しているから、少しだけ心も理解できるだけかな」

 

 愛、という感情は理屈を越えることの言い訳にさえなるのだろうか。
 愛しているから、と言われてしまえば。映姫の心の総てを容易く看破してしまう、彼女が持つ慧眼の恐ろしささえ嬉しい気持ちで納得してしまえるから不思議だった。

 

「私は自分を許すことができません。……厳に望まなければならない仕事中にさえ、あなたのことばかり考えてしまっているのですから。貴方に溺れることを、まだどうしても自分に許すことができないのです……」
「……うん。許さなくていいよ、私が全部、無理矢理映姫に乱暴するだけなんだから」
「あなたの優しさに甘えてはいけないと判っているのに。……すみません」

 

 アリスが、あまりにも優しすぎるから。私は駄目になってしまう。
 アリスの優しさに甘えて、アリスを愛しすぎる感情を止めることができなくなってしまって。そうして最後には、アリスの虜になってしまった私だけが残るのだろうか。
(……それも、悪くはない)
 自分の職責さえ全うすることを忘れて、ただアリスの為だけに生きることを選ぶ自分自身のビジョンが一瞬だけ浮かぶ。無論それは、道理的には到底許すことのできない画ではあったが――同時に、あまりにも魅惑的な未来図のようにも思える。
 だって愛する感情とは、理屈でないが故に崇高なのだから。

 

「代わりに……なるものでもありませんが。アリスの望むだけ、本当に私の躰に好きなだけ乱暴して下さって構いませんよ」
「そういうこと言われると、きっと半日はあなたのことを虐め続けちゃうわよ?」
「は、半日ですか。それは怖いですが……ちょっぴり楽しみかも」
「――言ったわね? 後悔しても知らないんだから」

 

 後悔など、どうしてする筈があるだろうか。
 乱暴に愛されることを彼女以上に深く切望しているのは、きっと私のほうなのだから。