■ 206.「男性的な彼女」

LastUpdate:2009/11/22 初出:YURI-sis

 狡い、とは思うのに。抱き締められると何も言えなくなってしまうのは、きっと椛のことを私が馬鹿みたいに愛しすぎてしまっているからなのだろうか。椛の裸なんて何度も見ているし、彼女の躰に愛する手のひらを這わせたことも幾度となくあるから、椛が紛れもなくにとりと同じ女性であることを知ってはいるのだけれど。椛がいつもしてくれる少しきつい力で抱き締められる抱擁は、あまり女性らしさを残すものではないように思えて。けれど却ってにとりは、いかにも彼女らしい力で抱き竦められるその抱擁が好きだった。
 椛はいつだって頑なで、真面目で、そして誠実だ。紳士らしさを体現したみたいな彼女の性格は、深く付き合うようになって互いに恋人関係であることを認め合った今でもなお、彼女の傍に居ると生真面目な男性の傍に居るかのようににとりに錯覚させる。

 

「椛は、女の子らしくしたいとは思わないの?」

 

 だから、純粋な疑問として椛にそう訊いたことがある。
 にとりのその質問は、もしかしたら天狗の同僚仲間などから何度となく問われてきた言葉だったのかも知れない。椛はにとりの言葉を受けて、一瞬だけ淋しい表情を見せながらも。

 

「うん、思わないよ」

 

 けれど迷うことさえせず、そう答えてみせるのだった。

 

「どうして?」
「うーん、何だか色々面倒になっちゃったのかな。性格が男性的なのを私自身自覚してもいるし」
「え、そんな理由なんだ……?」
「……ごめん、割とそうかも。あ、でも今はもうひとつ理由があるかな」
「おお、聞かせて聞かせて」
「男っぽい方がね、もっと恋人としてにとりの傍に居られると思ったんだ。にとりと一緒に居るところを見た同僚なんかに、よく『彼氏さん』って冷やかされるけれど、実は割と嬉しかったりもするんだ」

 

 確かに、にとりと一緒の時に天狗の方に会うと椛はいつもそんな風に囃されている。同僚らしい天狗の方が椛とにとりを指して『彼氏・彼女』と呼ぶその言葉の裏に、悪意のようなものは僅かにさえ感じられないから、にとりはその言葉をただ恋人関係を認められる言葉として嬉しいものだと感じていたけれど。まさか椛の方も同じような気持ちで居てくれたなんて、知らなかった。

 

「ふふっ、可笑しいね。椛はちゃんと女の子っぽい所も持ってるのに」
「……私のそういう所を知ってるのは、にとりだけだと思うよ?」

 

 にとりが笑うと、椛もそう言って小さく笑う。
 そう、椛はちゃんと女の子らしい場所を持っている。それも限りなく、ただ脆弱なばかりの少女らしい一面を。
 ただ椛のそうした一面は、決して表には現れない部分に秘められている。――即ち、愛し合う行為のその中にだけ。だから椛の女の子らしい部分はきっとにとりしか知らないし、この先も他の誰かに知られたりすることもないのだろう。