■ 208.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/24 初出:YURI-sis

 アリスと萃香が帰り、続けて最後に魔理沙が帰ると博麗神社の中は霊夢を除いて誰の姿も無くなった。
 誰に供したものか判らない飲み残しのお茶をずずっと一口啜ってから、霊夢は目を閉じて意識を集中する。少しの後に博麗神社の周辺に張り巡らされた結界に、アリスたち二人とそれを追いかける魔理沙が通過したことを感知してから霊夢はようやく瞼を開く。
 今度は結界ではなく己自身の感覚を鋭敏に研ぎ澄ませて。縁側よりの障子戸の影に人影を察知すると、そこまで届くようにすうっと息を吸ってから、声を掛ける。

 

「文、居るのでしょう」

 

 びくっと、何かが震えるような感覚が障子戸の向こうから伝わってくる。
 縁側の戸が開き、観念したかのように文が部屋の中におもむろに入ってくる。あはは、とばつが悪そうな笑顔を浮かべながら、文はすとんと霊夢の向かい側に腰を下ろした。

 

「……気づかれてましたか」
「結界があるからね。来てることには、とうに気づいてたわよ」
「う、そういえば、結界のことは考えてもいませんでした」

 

 文が訪ねてきたのはおよそ二時間も前のこと。魔理沙たち三人がまだ居たのは勿論、他にお燐やにとりも帰る前のことだった。結界を通過した時点で訪ねてきたことにはすぐに気づいたのに、けれど文は一向に私達の前に姿を現す様子もなくて。
 隠れているのだろうか――と思ってみれば案の上だ。
 来ているなら素直に混ざればいいのに、どうして文はそうしなかったのだろう。誰かを盗撮していたのなら、被写体が帰る時に追いかけるのが道理というものだろう。かといって写真の対象が霊夢であるというのは、有り触れたものから決して他の誰にも見せられないような類まで、霊夢の写真ならいつだって自由に撮ることができる文に今更盗撮めいたことをする必要があるとは思えなかった。
 だって――彼女、射命丸文は他でもなく霊夢の恋人なのだから。彼女に強請られればどんな写真でさえ撮られることを霊夢は嫌というつもりはないし、実際もしも他人の手に渡るようなことがあれば手段を選ばずに取り返さなければいけない程、恥ずかしい写真も撮られてきたのだから。

 

「で、どうして隠れていたのかしら?」

 

 判らない以上、動機は文に直接問うしかない。
 すると問われて文は、少し困ったような表情をしてみせた。

 

「……他に何人も、来ていらっしゃったじゃないですか」
「ええ、来てたわね大勢。だったら尚更、あなたも混ざれば良かったのじゃない?」
「だ、だって、その……。霊夢さんの前では、私は普段の私を保てなくなってしまいますから。絶対ちょっとは挙動不審になってしまうと思いますし……にとりやアリスさんなんかは勘もいいですから、私達の関係に気づいてしまうかもしれませんし」
「呆れた。……まさか、そんな理由で隠れていたの?」

 

 霊夢がそう問うと、文はやっぱり困ったような表情のままでこくんと頷く。