■ 209.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/25 初出:YURI-sis

 誰もが知っている手を焼く程に強気な表情もあれば、霊夢の前では信じられない程に弱気な姿を見せることもある文。特に恋愛に関しては奥手な部分ばかりが前面に出て、彼女はことあるごとに弱気な姿ばかりを露わにしているような気がする。
(――それを、可愛いとも思うけれどね)
 それは、霊夢との関係を文がそれだけ真剣に思ってくれている証でもあるのだろうから。

 

「文は誰かに私達の関係を知られると困るの?」
「い、いえ! で、ですが……霊夢さんは、困るのではないですか?」
「……どうして、そう思うの?」

 

 文の言葉に、霊夢は首を傾げる。どうして彼女がそんな風に思うのか、判らない。
 けれど文にとってそれは確信を持っていることらしくて。霊夢が少し語調に込めた(そんなわけないじゃない)という意志に文は首を左右に振ると、淋しそうにかすれた声で訴えてきた。

 

「だって……みんな、霊夢さんのことが好きなんですよ……?」

 

 文の言葉に対し、思わず『他人は関係ない』と言いかけた言葉を、慌てて霊夢は封じ込めた。訴える文の語調は淋しそうを通り越して、どこか悲痛であるかのようにすら感じられたから。何だか彼女を咎めるような言葉は、言ってはいけないことのように思えたのだ。

 

「魔理沙さんは勿論、アリスさんも。それに今日は来ていらっしゃらなかったですがレミリアさんなんかも、みんな霊夢さんのことが好きなんだって判るんです。……私も霊夢さんのことが好きだから、気持ちが伝わってくるんです。それなのに……他の方の前で私が恋人であると知れたら、霊夢さんは困るでしょう……?」

 

 さも当然なことを口にするかのように、文はそう言ってみせる。
 確かに……霊夢は他人から寄せられる想いに気づいてはいた。魔理沙の思いはとても直線的にぶつけられてくるものだから気づかないわけがないし、アリスが寄せてくれる気遣いの中に含まれた婉曲的な想いにもいつしか気づくようになっていた。レミリアなんかは二人きりになると、顔を赤らめながらも『好き』と率直にぶつけてきてくれるから、察する察さないの問題でさえない。
 だけど、だから何だって言うのだろう。

 

「……他人は関係ないでしょう」

 

 さっきは思わず言葉を押し止めてしまったけれど、やっぱり霊夢にとってはそれが総てでしかなかった。だって、霊夢にとっては――。

 

「私は、文が好きなの。あなたのことだけが好きなのよ?」
「……霊夢さん」
「あなたが困るというのなら、もちろん知られないようにするのも吝かではないわ。幻想郷は話題に飢えているから私達が女同士でありながら恋人関係なのだと誰かが知れば、向けられる興味の目も少なくは無いでしょう。だから、そのことで文が迷惑を被るというのなら、私には一生あなたとの関係を誰にも公言せずに居る覚悟ぐらいはあるわ」