■ 210.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/26 初出:YURI-sis

 まして好奇心が旺盛過ぎる天狗達の中で生きている文にとって、好奇の視線は耐え難いものであるのかも知れないから。もしも文が少しでもそれを辛いと思うようであれば、霊夢は真実その覚悟を心に決めていた。

 

「だけど私の為に隠すというのなら勘違いも甚だしいわ。だって私は、文のことだけが好きなのだから。……魔理沙やアリス、レミリアが私のことを『好き』だと思ってくれるのは知っているし、嬉しいとも思っているわ。でもそれは、私があなたを好きだと言い憚る理由になんてならない。私は問われれば誰にだって、文のことを『世界で一番好き』なんだって答えたいと思っているのだから」

 

 そこまで訴えてから。不意に霊夢は、ぽろぽろと文の双眸から涙の雫が零れていることに気づいて、慌てて口を噤む。文が泣いてくれている理由、それが嬉し涙なのだと。くしゃくしゃになった文の表情が教えてくれたから、訴えた言葉を撤回する代わりに霊夢は彼女の躰をそっと抱き締めた。

 

「……何か、私は間違ったことを言っているかしら?」
「い、いいえ! ……いいえ!」
「そう。だったら、いいのだけれど」

 

 温かな文の躰を、より強い力で抱き竦める。
 少し遅れて、文の方からもまた霊夢の躰を抱き締めてきてくれた。
 文と恋人関係になって、愛し合う行為そのものは随分と増えたけれど。……思い返してみれば、案外こんな風に互いに抱き締め合うという機会は少なかったように霊夢には思えた。
(今後はもっと文のことを抱き締めるようにしよう……)
 心の中で、霊夢はそう誓う。
 だって、抱き締め合うってとても気持ちのいいことなのだ。文の体温が霊夢の躰に流れ込んできて、彼女の力に抱き竦められると……なんだか、理由もなく安心できてしまう心がある。結構強い力で抱き締められている筈なのに、痛みとかそういうものは全然感じられなくて。逆に、凄く居心地の良い場所がそこにあるような気がした。

 

「……抱き締め合うのって、こんなに気持ちがいいんですね」
「そうね、私も知らなかったわ」
「こんなに気持ちいいなら、もっと前から沢山すればよかったです……」

 

 霊夢の気持ちを、代わりに文が代弁してくれる。
 文もまた、いま霊夢が感じているのと同じだけ心地よさを私の腕の中に意識してくれているのだと思うと、その嬉しすぎる事実もまた馬鹿みたいに霊夢の心を芯から温めてくれる気がした。