■ 211.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/27 初出:YURI-sis

 安らぎとは裏腹に荒くなっていく吐息。僅かずつ早鐘を打つかのように加速していく動悸。抱き締め合う行為は他の何物にも代え難い掛け替えのない癒しを与えてくれるけれど、同時に理由もなくより深く文に触れたい、文を求めたいという意識をも高めていく。
 身長自体は霊夢よりもある筈なのに、いざ抱き締めてしまえばそこには然程も霊夢自身と変わらない少女の体躯だけがある。華奢な躰や細長い腕はそのまま霊夢に羨ましい心ばかりを意識させるし、加えてこんなにも凛々しくて綺麗な彼女が自分の恋人であるという事実に、霊夢は目眩めいたものさえ感じてしまいそうでもあった。

 

「ねえ、畳っていいものだと思わない?」
「た、畳ですか? 私も嫌いではないですが、どうしてでしょう?」
「……だって、いつでも文のことを押し倒せるじゃない?」

 

 抱き締める格好の儘。彼女の躰に縋り付くようにしながら、霊夢は体重を掛けて引き寄せながら文の体勢を崩す。急に霊夢のほうへ引っ張り込まれたことでバランスを失った文が畳の上に膝をついたのを確認してから、今度は逆に文の側へと体重を掛けていく。

 

「わ、わわっ……!?」

 

 文が頭を打ってしまわないよう最新の注意を払いながら、おもむろに霊夢は文の躰を自分の躰ごと押し倒す。弾力性のある畳が文の躰を受け止めてくれるから、頭さえ打ってしまわないように配慮すれば彼女の躰が傷つくこともない。
 事前にお布団を敷くことで、これから愛し合うのだという先入観を共有してから愛し合うのもそれはそれで楽しいことだけれど。不意を突かれた時の文の弱気な心はすぐに表情に出るし、霊夢はそうした表情をとても可愛らしいとも思うから。偶にこうして、彼女の不意を突いて見たくなるのは悪い癖だろうか。

 

「……せ、性急すぎます!」
「聞こえなーい」

 

 胸元のボタンをひとつひとつ取り払いながら、霊夢は文の言葉に耳を貸さない。
 だって、強引に求められることが好きな癖になかなか求められないでいる、文の屈折した想いにも霊夢は気づいているから。文の否定も二言目は続かないし、言葉では拒否しながらも態度では全く抵抗の素振りを見せないぐらいなのだ。
 口ぐらいは尖らせているのかなと思っていたのだけれど。……見確かめてみれば、文の表情は嬉しそうな笑顔めいたものにさえなっていて。彼女が示す素直な儘の表情に、霊夢も釣られるように忽ち破顔させられてしまう。
 霊夢に押し倒されることさえも嬉しいことだと感じてくれている文の心裏が、笑顔ひとつの中から十分に伝わってくるから。霊夢もまた、文を愛することができる機会をこうして持てる嬉しさから、文に倣って顔を綻ばせるだけでいいのだ。
(……私ももっと、積極的にならないとね)
 心の中で、霊夢はそう思う。愛し合う機会が文の求めているものよりも少ないから、あるいは愛する想いそのもの文が求めているだけ示せていないから、だから――文は私に対して不安を抱き、自分を他人と比較したりなんかするのだろう。
 文が不安に苛まれるのだとしたら、それは総て霊夢のせいだと思えた。文が霊夢のことを恋人だと遠慮知らずに衒ってくれる程の信頼を得る為の努力を、霊夢もまた惜しんではならないのだと思えた。