■ 212.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/28 初出:YURI-sis

「……いま文が着ている服、確実に皺になるから覚悟しなさい」

 

 畳は便利だけれど。畳の上で押し倒す以上、決して免れることのできないその事実だけは最大の難点でもあった。事実、霊夢に押し倒されてういる文のシャツは、始め糊の効いたぱりっとしたものであった筈なのに、今となっては畳に崩されて見る影もない。

 

「うぇ、えええ!? こ、困りますよっ!」
「困らないわ。仕方が無いから服は洗濯してあげるし、文も一緒に泊めてあげるから」

 

 霊夢がそう告げると、かあっと文の表情にも紅が差してきて。
 視線で(いいでしょう?)と同意を求めてみると、耳までをも真っ赤に染めながら文は何度も頷いて応えてくれた。

 

「……霊夢さんって結構強引ですよね」
「だって文は、強引にされるのが好きでしょう?」
「はい。……えへへ、だから今もちょっと嬉しかったりします」
「知ってるわよ。あなたが嬉しいって知ってるから、私も強引を演じられるの」

 

 本来なら、愛していればこそ相手には誠実になるべきであるのだろう。最愛の人にだから、誰よりも優しくしたいと思ったり、誰よりも真摯でありたいと思うのはあまりにも当然の感情で。文と両思いになり始めたばかりの頃には、霊夢だってそんな風に考えていたものだけれど。
 でも、文は案外我儘だから。そんな有り触れた恋人に対する接し方では満足してくれないことに、霊夢もすぐに気づいたのだ。文は霊夢が強気であることを求めて、強引に導かれることを望んでくれていて。文がそうした霊夢の姿を望んでくれるというのなら――進んでその役割を受け入れたいと思うから。だから文が望む限り、幾らでも霊夢は強引な彼女を演じてみせるのだ。
(……案外、強引な性格を演じるのも悪くないしね)
 強引であればこそ、いつだって霊夢は自分の意志の望む儘に文のことを求めることができるし、こうして彼女の躰を押し倒すことだってできるのだから。始めは演技であった筈なのだけれど、今となっては演技なのか本心なのか見分けが付かないぐらいに霊夢自身この性格を気に入ってしまっているのかもしれなかった。

 

「あ……」

 

 文の顎に自分の指先を添えて、くいっと引き寄せるように唇を奪う。
 抱き締め合うことも、キスをすることも、躰を重ね合うことも。全部全部大好き過ぎるから。強引な性格を演じる傍らで、自分が欲しいと思う分だけ文のことを求められる。他の誰の前でも強気な姿しか見せない文が、霊夢の前でだけは誰よりも弱気で従順な姿を見せてくれるのだから。彼女の望む私で居る為の努力も、その対価であるなら決して高いものではない。