■ 213.「鴉は闇夜に」

LastUpdate:2009/11/29 初出:YURI-sis

 シャツが脱がされ、やがてスカートも取り払われてしまう頃には。唐突すぎた性愛への緊張も薄れ、次第に愛される意識も整い始めていく。霊夢さんの手のひらが文のお腹や腰の辺りをさすり、首筋へ小さな唇の感触だけを残してから、霊夢さんの歯は文の鎖骨の辺りに宛がわれてくると軽い甘噛みさえしてきたりする。性愛を直前にしてのそんな戯れにさえ情欲がこれほど高められていくのは、愛される覚悟が自分の中で十分にできている証左でもあった。

 

「綺麗よ、文」
「……ありがとう、ございます」

 

 まだ愛される回数を十分に重ねてこなかった頃には、お世辞だと思って苦笑しかできなかった擽ったい言葉も、今は素直に嬉しくそう応えることができる。文を裸にする度に、感嘆と共に霊夢さんが漏らしてくれる賛辞の言葉が嘘や世辞でないことは次第に判ってきたし、誰よりも良く見られたいと希う最愛の人が文の魅力を認めてくれることは、幾度言葉として聞かされてきてもその都度狂おしい嬉しさを文の心に抱かせてくれる。
 文は自分のことを綺麗だなんてあまり思わない。まして霊夢さんに愛して頂ける程、自分が魅力を持って居るだなんて露程も思わないけれど。それでも文の魅力を霊夢さんが知っていて下さるのなら、それだけで自分も霊夢さんに愛して頂く価値があるのだと思うことができた。
 霊夢さんの魅力なら、文は数え切れないほど知っている。霊夢さんのことを愛している魅力的な方もまた、文は決して少なくない人数思い当たるけれど。それでも卑屈になることなく、文が素直な気持ちの儘にいつも霊夢さんと愛し合うことができるのは、偏にいつも霊夢さんが甘い囁きと共に漏らして下さる賛辞の言葉のお陰だった。

 

「……愛して下さい、霊夢さん。私に愛されるだけの価値があるのなら」
「あなたの価値と同じだけ愛さないといけないのなら、一晩では足りないけれどね」

 

 軽口に似た典型的なやり取りも、今となってはお決まりのもの。
 愛される行為はいつだって気恥ずかしく、そしてちょっとだけ滑稽で。装い合う多少の演技と、残り大多数の馬鹿みたいに素の自分を見せ合って貪り合って。衝動と欲求、理想と幻想。限りなくリアルな筈の性愛の現場が、同時に夢物語であるかのような幻想性を持ち合わせていること。
 数え切れない程に霊夢さんと愛し合った今でも、それが文には不思議でならなかった。