■ 215.「淋伴」

LastUpdate:2009/12/01 初出:YURI-sis

 ――淋しさに慣れることが大人になることだというのなら、
 それもまた、淋しいことなのかもしれない。

(だとするなら……私は)
 永琳は物思う。淋しさに慣れることが大人のだとするなら、今だに淋しさに慣れることさえ出来ず、年に数回ほどの頻度で耐え難い寂しさに苛まれる夜を迎えている私は、これだけ永い時を生きてきてなお大人になれずにいるということの証左なのだろうか。
 大人になりたいと思うわけではない。子供でありたくないと思うわけでもない。けれど、馬鹿みたいに終わりの見えない生を黙々と消化するばかりの日々を送る私が、未だ大人でないのだとするなら。それは酷く滑稽な話であるように思えてならなかった。
(……駄目ね。塞ぎ込んでいては、気が滅入るばかり)
 そう思い立ち、永琳は自分の部屋を出て吹きさらしの縁側に立つ。いよいよ本格的な冬の訪れを思わせる冷たい風が髪を撫ぜる感触に暫く身を任せていると、少しだけ心も軽くなり落ち着いてくるような気がした。
 見上げれば、中天に月は佇み。ちょうど半分を欠落した下弦の月は、これから更にその輝きを失っていくだけなのだろうと思うと、ふつふつと無性に淋しく悲しいという感情も沸いてくるような気がして。普段は全く月を見るといった行為をしないだけに、そんな風に思えてしまうのが可笑しくもあった。

 

「永琳」

 

 呼びかけてくる、夜に溶けそうなほど透明な声があった。
 もちろん誰のものであるかなんて、永琳には見確かめるまでもなく判る。

 

「輝夜。今日は冷えます、風邪を引きますよ」
「風邪を引いたら、あなたが直してくれるでしょう?」
「……それは、そうですが」

 

 確かに病を治すことは永琳にとって造作もない。そもそも風邪程度であれば治療の必要さえなく、放っておいても一日と開けずに容易く治ってしまうことだろう。永遠の命を持つ者の生命力と治癒力はそれほどに高く、薬師である永琳にとってこれほどに身近に居ながら看甲斐がない患者というのもなかった。
 言い返されてしまえば、それ以上に彼女を咎める言葉も永琳は持ち合わせていないから。ただ二人並んで中天の月を眺める。月もこれだけ離れたところから眺めれば、故郷であるはずなのに何の感慨さえ抱けない鑑賞物としか意識できなくなるのは、単に永琳の心が冷めているからなのだろうか。

 

「こうして眺める月って、不思議よね」
「そうですか?」
「ええ。だって、まるで他人事のようにしか見えないのだもの」

 

 同じだけ永い時を、一緒に生きてきた輝夜。
 その彼女が永琳と同じだけ冷めた感想を口にするのも、あるいは当然のことなのかもしれなかった。