■ 1.「雀の恋心も想うに溜まる - 01」

LastUpdate:2010/04/01 初出:YURI-sis

 一時期あれほど足繁く来て下さったアリスさんの姿を、全く見ることが叶わなくなってもう二週間以上にもなる。
 もちろん毎夜ごとに人里から少し離れた場所で屋台を開くミスティアにとって、それは然程珍しいことではない。毎日来て下さっていた常連のお客さんがある日を境に突然いらして下さらなくなる――そのようなことは日常茶飯事と言ってもいいぐらいのことだからだ。
 疎遠になっていくお客さんがいる一方で、常連のお客さんに連れられていらして下さった方、あるいは偶然この屋台の存在を知って下さった方が新しい常連のお客さんになって下さる。屋台通いに飽きゆく人や妖怪が居る一方では、新規に興味を抱いて下さる方もいて、そうして屋台の経営は成り立っていくのだから。
 だから……もしかすると今回のことだって、それほど気に留めることではないのかも知れなかった。最後に屋台に来訪して下さった折にちょうど新しい魔法の研究について語っていらっしゃったから、その研究で忙しいだけなのかも知れないし……あるいは、屋台や私に対する興味を失ってしまわれたのかもしれない。だとするならアリスさんと疎遠になるのも、他のお客さんと同様に仕方の無いことではないだろうか、とも思う。
 思う、のに。
 けれど割り切れないのは――結局の所、他でもない私自身が、他のどのお客さんに対しても抱かない特別な想いをアリスさんに対して抱いてしまっているせいなのだろう。
(……会いたい、な)
 面影を心の中に浮かべながら、強くそう思う。
 当たり前のように通って下さって、当たり前のように会えていた人に会えなくなる。皮肉にも疎遠になって初めて生まれ感じられた淋しさこそが、いつしかアリスさんに対して抱いてしまっていた素直な気持ちをミスティア自身に思い知らしめていた。
(私……アリスさんのことが、好きなんだ)
 いちど気づいてしまえば、その気持ちはとても当たり前のことのように何度でも心の中で反芻できた。
 いっそ自分から会いに行こうかとも思う。アリスさんの家の場所は『魔法の森の中』ということぐらいしか知らないけれど、溜まったツケを理由に博麗神社の巫女か黒白の魔法使いに案内させればそれも難しいことではないはずだから。
 ……けれど、思うだけ。実行に移す行動力なんて、私にはない。
 研究の邪魔をしてしまうことになるかもしれないという畏怖。――そうすることで、アリスさんに嫌われてしまったらどうしようという強い畏怖。そうした考えがミスティアの足下を震わせるから、どんなに会いたいと希っても実行に移すことなんてできはしないのだ。
 今日こそはアリスさんが来て下さるかもしれない。そうした期待と共に屋台を開いては、失意と共に提灯を落とす日々。それはあまりにも辛くて……淋しくて。心が折れそうになるのに、それでもミスティアには待つことしかできなかった。
(もしも、今度アリスさんに会えたなら――)
 伝えたい気持ちがたくさんある。訴えたい言葉がたくさんある。
 これほどにもアリスさんに知って欲しい想いを全部、きっと全部伝えることができる筈なのに。

 

 

 

「――まだ、やっているかしら?」
 そう訊ねてくる声があって、ミスティアはようやくはっと我に返る。
 きっともう、日付さえ変わってしまっているかも知れない程の夜更けにもなるだろうか。お客さんは随分と前に途絶えて久しいのに、考え事に没頭する余りに閉店作業を始めることさえすっかり失念してしまっていたらしい。
「ええ、どうぞ。やっていますので」
 鉄板の火を落としていなければ、屋台の前にのぼりも掛かったままだし、それに営業中であることを示す提灯の火もまだ落としていない。まさか店主の怠慢でお客さんを拒むわけにもいかないから、落ち込んだ心とは裏腹に精一杯明るい声を作りながらミスティアは屋台の前に佇む人影にそう声を掛ける。
 屋台の座席の真ん中に優雅に腰を掛けた、女性の姿。
 一瞬それは――あまりにも強すぎる『会いたい』という想いが現実に飛び出して、見せた幻では無いだろうかとさえミスティアには思えた。