■ 2.「雀の恋心も想うに溜まる - 02」

LastUpdate:2010/04/02 初出:YURI-sis

 屋台の薄明かりに照らされて、淡く光る髪は幻想のものとさえ感じられた。普段から遅めに来て下さることが多い方とはいえこれほど遅い時間に、それもわざわざミスティアの屋台しか存在しないはずのこんな辺鄙な場所にまで、彼女が――アリスさんが来て下さるだなんて。じっと見つめれば見つける程に幻でないことが判るはずなのに、どうしてもミスティアには容易に信じがたい気持ちばかりが溢れた。


「良かったわ。さすがにこの時間だと、閉まってて当然だと思ったから」
「そ、そうですね。……私も普段でしたら、この時間にはもう帰ってしまっていると思います」


 こんなにも遅い時間帯まで屋台を開けていたのも、おそらく初めてのこと。
 考え事に耽っていたが故の偶然。けれどその偶然のお陰でこれほど会いたかった人にこうして会えたことが、今更ながらじわじわと熱い実感を伴いながら嬉しさとして込み上げてくる。
 本当に……本当に、会いたかった。
 離れる時間があったことで、却って素直に向かい合えた心。私は――こんなにもアリスさんのことを、特別に想ってしまっている。


「お忙しいのだと思ってました」


 咎めるような口調になってしまわないよう気をつけながら、そう告げると。アリスさんは「ええ」とあっさり肯定して頷いてみせた。


「実際、忙しかったのよ。魔法の研究は思いつきとの格闘だから……新しい発想が幾つも沸き上がってくる内に、計算や検証の作業を一通り進めておかないといけなくて」
「そうだったのですか。……でも、研究の方は終わられたのですよね?」


 こうしてアリスさんが会いに来て下さったことが何よりの証左だと思って、ミスティアはそう訊ねる。会えなかった時間は本当に淋しくて堪え難いものであったけれど、これからまたアリスさんとお会いできる日々を過ごせることを思えば、その辛い思いも少しは報われるような気がした。


「ふふっ……それがね、全然」
「ぜ、全然なのですか?」
「ええ、もう笑っちゃうぐらい全然! 研究を途中で投げ出すなんて、初めてなのよ?」


 あははっ、と本当に可笑しそうに声を上げるアリスさんの声。そこに悲愴な作り笑いの様子はなく、純粋に可笑しくて笑っていらっしゃるのだということが伝わっては来るのだけれど。
 今まで何度となく屋台に通って下さって、そうした日々の中で魔法の研究についてアリスさんからお話を幾度も聞いていたミスティアには、実際にアリスさんの口から聞かされているにも関わらず容易には信じられなかった。
 研究の大変さや辛さ、そして楽しさ。かつては人間であったのに、魔法についての研究を追い求めているうちに魔法使いにまで到ってしまったアリスさんが、魔法の研究をそこそこに『投げ出す』だなんて。……そんなこと、本当にあり得るのだろうか。