■ 14.「雀の恋心も想うに溜まる - 05」
まだ冬の訪れまでには幾許もの猶予があるとはいえ、空を飛ぶ時にだけは少しずつ冷たさを纏い始めた空気の存在を強く感じるせいか、いつしか冬の気配だけは感じるようにもなっていたのだけれど。今日だけはそうした僅かな寒ささえ、ミスティアには意識することさえできない。
いつもと殆ど同じ高さと速さで飛んでいても決定的に違うことがひとつだけある。――ミスティアの手のひらに握られ、同時に握り返して下さるアリスさんの温かな手のひら。愛しい人と繋がった手の温もりがミスティアの心をそれだけでとても温かなもので満たしてしまうから、些末な寒さなんてもう感じる余裕さえない。
(……こんなに、幸せでいいのだろうか)
幸せも度を過ぎると少しだけ怖いことのように思えてしまうから不思議だった。つい先程まではアリスさんに会うことが出来ない淋しさと悲しさとに胸を痛ませていただけに、あまりの果報に対する畏怖のようなものは殊更ミスティアの心を離れてはくれない。
「寒くはない?」
「あ、はい、大丈夫です。どちらかといえば暖かいぐらいで」
「それなら良かったわ」
そう言って微笑むアリスさんの表情に、より一層ミスティアの体温は高いものになる。
手を繋いで空を翔ける二人の眼下に映るのは広大な森の敷地ばかり。深夜と言うこともあって全く見通すことができない森はとても不気味な雰囲気を纏っているけれど、繋がったアリスさんの手のひらのお陰でちっとも怖いとは思わなかった。
怖いものは、ただただ幸せすぎる自分自身のことばかり。
ましてこれからアリスさんの家にお邪魔できることを思うと、幸せも畏怖もより膨らんでいくばかりだった。
「……すみません、無理をお願いしてしまって」
こんな深夜にも関わらずアリスさんの家を訪ねることになったのは、そもそも偏にミスティアの我儘なお願いが原因だった。
アリスさんからのものと、そしてミスティアからのもの。二人分の告白と、お互いが愛しく想うに到るまでの経緯とを、食事と共に楽しんだ些細で幸せな時間。
でもその幸せな時間をミスティアはどうしても終わりにしたくなくて。
『まだ私、アリスさんと一緒に居たいです――』
そう言葉にして強請ったのはミスティアのほうからだった。
言ってしまった直後には、すぐに(私、なんて我儘なことを)と後悔してしまったミスティアだけれど。そんな身勝手な言葉にもアリスさんは僅かにさえ嫌な顔をなさらなくて。
嫌と言うより寧ろ――ミスティアから見ても簡単に判ってしまう程の心底嬉しそうな笑顔で、アリスさんは頷いて答えて下さったから。
一緒に居たいと希わずにいられないこの気持ちと同じものをアリスさんも抱いて下さっているのだと判って、後悔も程々にミスティアは馬鹿みたいに嬉しい気持ちにさせられてしまったものだった。
『……でも、あなたを好きな人の家に来るっていう意味、ちゃんと判ってる?』
恥ずかしすぎる自分の台詞を思い出せば、続いて思い出されるのはアリスさんの言葉。
アリスさんの傍に居たいと、そう強請ったミスティアもそうとう顔が赤くなってしまっていたに違いないのだろうけれど。――その言葉を告げて下さったアリスさんは耳まで真っ赤に染め上げながら、もっとずっと恥ずかしそうな表情をしていらして。
ミスティアの言葉はそこまで考えが及んで強請った言葉ではなかったけれど、でも。
(――嬉しい)
堪え難い恥ずかしささえも我慢して。
アリスさんが自分のことを求めて下さるその言葉が、ミスティアにとって望まない言葉でなどある筈が無いのだった。