■ 15.「雀の恋心も想うに溜まる - 06」

LastUpdate:2010/04/15 初出:YURI-sis

 そのままアリスさんに片手を引かれて、私達は夜の闇を翔ける。
 眼下に広がる、どこまでも木々で埋め尽くされている魔法の森。ミスティアには変わらない景色ばかりが続いているようにしか見えないその中で、アリスさんに促されて二人で一緒に高度を下げて降りていく。
 内心で(森の中を降りるのは大変だろうなあ)とも思っていたのだけれど。アリスさんに案内された場所には十分に開けた空間があって、だから二人一緒に手を繋いだままでも容易くその中にまで降り立つことができた。
(……これが、アリスさんの家なんだ)
 開けた場所に建つのは煙突付きの瀟洒な建物。お一人暮らしなのだと屋台の会話で何度となく聞いていたけれど、個人が住まうにしては随分と大きな家に見えて(管理が大変そうだなあ)なんてことも一瞬ミスティアは考えてしまう。
 でもそれは要らぬ心配でしかないのだろう。一人暮らしとは言ってもアリスさんの周りには沢山の小さな同居人たち――アリスさんの手によって作られた人形達がいるのだから。
 ミスティアが実際に見せて頂いたことがあるのはアリスさんが外出に伴われるお気に入りの限られた人形だけだけれど、家にはそれは沢山の人形たちがいらっしゃるのだと。とても嬉しそうに、そしてとても自慢げにアリスさんが何度か聞かせて下さった時のことは、どれもミスティアの印象に強く残っている。

 

「――どうぞ、お嬢様」

 

 玄関のドアを率先して開けてから、そんな風に気障な言葉を投げかけてくれるアリスさんの言葉が嬉しくて、可笑しくて。そして、あまりに似合っていて思わずミスティアは顔を綻ばせてしまう。
 促されるままにまだ薄暗い家の中に足を踏み入れると、何か魔法的なものなのだろうか、やがて家の中はひとりでに薄らと明るくなってくる。

 

「わぁ……」

 

 思わず感嘆が声となって漏れた。
 整然としていて、それでいて清潔な部屋。趣味のいい調度品に、棚の上に並ぶ人形たち。そのどれもがミスティアがアリスさんに対して抱いているイメージそのままで、本当にアリスさんの部屋に来たのだ、という実感が今更ながらじんと心に溢れてくる。実感を伴えば伴う程に、大好きな人の部屋に遊びに来れたという意識もまた強くなってきて。実感はそのまま嬉しさとなって心を駆け抜けていくかのようだ。

 

「いまお茶を準備してくるから、適当にくつろいで居てね」
「あ、手伝います!」
「ううん、お客様にそんなことはさせられない。いいから楽にしてて?」

 

 無理に押しかけてしまった身であるのにお客様として丁重に扱われるのは申し訳ないような気がして、思わず「でも」という言葉が喉元にまで出かけるけれど。ふと気づけば、いつしかアリスさんの傍には何体もの小さな人形達がお手伝いに付き添っていて、確かにミスティアの手伝いなんて殆ど必要ないみたいだった。
 アリスさんの背中を見送ってから、ミスティアは手近なテーブルの一席に腰掛けようとして。腰掛ける際に和装の膝裾を整えようとしてから、気品の漂う用椅子と自分の格好があまりに不釣り合いだなと改めて気づかされる。
 もちろん椅子に限らず洋品ばかりで満たされた部屋にとって和装のミスティアそのものがあまりに場違いで、せめて私服で来れば良かったと今更ながらに思う。屋台だけ人里に借りている倉庫に片付けてから、仕事着のまま来てしまったのだから仕方の無いことではあるのだけれど――。
(でも、ここって凄く落ち着く……)
 部屋の雰囲気からすれば『異物』と言ってもいい程の格好であっても、アリスさんの家の雰囲気はどこか安らぐものをミスティアの心で満たしてくれた。初めて来る筈なのに、初めて来たという実感が不思議と伴わない。――まるでとても住み慣れた居心地の良い世界に居るみたいでさえあった。