過去にblog/mixiで公開した、文章のどうでもいい破片たち。

  ――つまり、ゴミ箱です。

 

 


 

■ 07/09/25[blog] (無題) 文×椛(東方project)

■ 07/09/07[blog] 告白 梨花・圭一(ひぐらしのなく頃に)

■ 07/06/19[mixi] やらずのあめ? 遣らずの雨/嘘BADEND(マリア様がみてる)

■ 07/03/08[mixi] ハヤテのごとく! ヒナギク×ハヤテ(はやてのごとく!)

■ 06/10/05[旧mixi] レイマリの書きつけ 魔理沙×霊夢(東方project)

■ 06/03/08[旧mixi] 志祐(麒) 志摩子×祐麒(マリア様がみてる)

■ 05/11/29[旧blog] 祐麒×祐巳。 祐麒×祐巳(マリア様がみてる)

■ 05/11/26[旧blog] 祐麒×祐巳。 祐麒×祐巳(マリア様がみてる)

■ 05/11/23[旧blog] (無題) 乃梨子(マリア様がみてる)

■ 04/11/21[旧blog] (無題) 志摩子×乃梨子(マリア様がみてる)

■ 04/07/22[旧blog] (無題) 乃梨子・蔦子(マリア様がみてる)

■ 04/03/16[旧blog] 由乃・可南子。 由乃・可南子(マリア様がみてる)

 

 


 

 

■ 07/09/25[blog] (無題) 文×椛(東方project)

 

 

 ――ドンドンドン、と。
 ドアを叩く騒々しい音がした瞬間、未だ布団の中の文は居留守を決め込んだ。

「文さま! 文さま、いらっしゃらないんですか〜?」
 ドアを叩きながら掛けられてくる声。
(……ううん、椛ですか……?)
 声を聞くだけで、すぐに誰なのか見当がついて。そこに居るのが椛であるなら、出ないわけにもいかない。
「ふぁーい、いま出ます……」
 仕方なくもぞもぞと布団から這い出して。最低限人前に出れるだけの体裁を整えてから、文はドアを開けて客人を迎え入れた。
「おはようございます、椛。朝からどうしたんですかあ……?」
「……お昼ですし、もうすぐ夕方になると思いますが」
「あ、あれ? そうなんですか?」
 椛に言われて部屋の壁時計を見ると、確かに短針はもう数字の“5”にさえ近い辺りを指し示している。
 一体何時間寝ていたのだろう、と文は一瞬だけ考えて、すぐに止めた。怖い数字が答えに出てくると判っていてまで、仔細を知りたいだなんて思わないから。
「うー、すみません。どうにもアレがないと、調子が狂ってしまいまして……」
 文だって普段からこんな自堕落な生活を送っているわけではない。だけど、アレが手元にないだけで、どうしても日がな何をしていいのか判らなくなってしまうのだ。
 アレとはつまり、写真機のこと。先日どこぞの森で黒白と弾りあった際に、不覚にも破損してしまったのだ。文は写真機を巧みに扱う術には長けていても、その構造も知らなければ修理の方法も判らないから。ちょっと部品が欠けてしまうだけでも、機械に詳しい河童の友人、にとりに頼るしかない。
「あ、それでしたら。丁度ここに、にとりからお預かりしてきた荷物が」
「わわわっ! ほ、ホントですかっ!?」
 椛が差し出す小箱を受け取って、文は即座に開封する。
 中には殆ど新品同様にしか見えないぐらいに磨かれた写真機。破損していた暗箱の一部も、その痕跡が判らないぐらい見事に修繕されている。
(ああ――にとりさんと友人で、本ッ当に良かった……!!)
 いかに機械に詳しい河童とはいえ、これだけ写真機に精通している人もそうはいないだろうし。それに、にとりさんは文の写真機に掛けている情熱を知っているだけに、決して仕事に手抜きをしないから。
 手に抱くと、それが慣れ親しんだ写真機であることが否応なしに文には判る。判るのにそのボディには弾幕の痕跡たる傷ひとつなく、妥協のない完璧な修繕。常に肌身離さない最高の愛機であるだけに、にとりさんへの感謝の
気持ちは堪えない。
「あのう……喜びを噛み締めておられる所を申し訳ないのですが、にとりからもうひとつ荷物をお預かりしていますので」
 椛の言葉が文を現実へと引き戻す。――そういえば、それがあった。
 もう一つの箱。そこそこの大きさがある箱の中身を思うと、それが何か判っているだけに文は少し憂鬱な気分にもなる。ましてや、にとりが完璧な仕事をしているだけに。
「あの、にとりが中身を教えてくれなかったのですが。……コレって、何ですか?」
「ええと、そうですね……にとりさんへの、修理費代わりみたいなものです」
「はあ」
 訝しそうに首を傾げてみせる椛。無理もない。
「……見たいなら、開けてもいいですよ」
「あ、では是非是非〜♪」
 嬉々として箱の封を開ける椛、そして。
「ひゃあああっ!?」
 椛がたちまち上げた悲鳴を聞いて、はあ、と文は大きなため息を吐く。もしかして違う荷物だったら、なんていう甘いことも少し考えていたのだけれど――やっぱり中身は、アレだったか。
「あ、あ、あ、文さま。こ、こ、これ、は……?」
「……お願いなので、私に言わせないで下さい」
 椛が幾つか箱の中から持ち上げてみせる物は、歪な色や形をしていて。見なくても判っていたことだけれど……そのどれもが、ことごとく厭らしいことに使う道具ばかり。
 少しだけ、椛がそれらの道具が何なのか判らなかったらどう説明すればいいだろうと、内心困惑もしていたのだけれど。箱いっぱいの卑猥な玩具を見るや否や顔を真っ赤にしている椛を見る限り、どうやら説明責任からは逃れられたみたいで、文はほっとため息を吐く。
「で、でも。どうしてコレが、修理費代わりになるんですか?」
「それは、そのう……レポートを書くんです。実際に使ってみた感想を」
「あ、なるほどー。修理費代わりにモニターを引き受けるわけですね〜」
 得心したように、うんうんと椛は何度も頷いてみせてから。
「って、ええええええええ!?」
 直後には、まるでノリツッコミのように。盛大に文に対して驚きの声を上げてみせた。
「じ、実際に使うって、文さまがコレ全部を!? ……どきどき」
「――違いますからー!? いくら何でも身が持ちませんってば!」
 数にして十か二十か。……機械で自慰に耽るのはあまり嫌いではないけれど、いくら何でもコレだけの数をレポートするのには無理がある。
「……というわけで、椛。ひとつ嫌な仕事なのですが、頼めませんか?」
「嫌な仕事、ですか? 文さまの為なら、何でもしますけれど……」
「ああー、そう言って貰えると非常に助かります。――これらの機械のレポートをする為に、てきとーに弱い妖怪でも一匹、拿捕してきて頂けませんか」
 自分で全部試すのはさすがに無理でも、他人になら幾らでも酷いことはできる。いつかの氷精や宵闇の妖怪を捕まえてきた時のように、また適当に一匹見繕ってきてレポートを書けばいいだけの話。
 ただ最近は困ったことに被害者から噂が広まったのか、弱い妖怪は文の姿を見るや否や逃げてしまうようになったから捕まえてくるのも随分面倒になってしまっているのだった。けれどその点、椛の顔は割れていないから彼女に頼めれば仕事は容易なことだろう。
「……い、嫌です」
「ええ、ではお願いしま……って、ええっ?」
「で、ですから、その……いくら文さまのお願いでも、き、聞けません……」
 話の流れからして拒否されるとは思っていなかったものだから、文は一瞬ぽかんと口を開けて茫然としてしまう。
「……あ、ああ、そうですよね! いくら何でも、誘拐とかそういうのは、嫌ですよね?」
「ち、違います! 文さまのお願いでしたら私、どんな汚い仕事だってできます!」
 言ってから椛は「でも」と言葉を濁す。
「でも……誰か妖怪を捕まえてきたら、文さまが直接、妖怪を虐めるわけですよね?」
「え、ええ。それはそうですが……」
「で、でしたら! わ、私は、誰かを連れてくるのなんて、嫌です……」
 椛が言いたいことが判らなくて、文は首を傾げるしかない。何でもできると念を押してくるのに、これは嫌だと拒否する椛。嫌なら無理強いするつもりは文には勿論ないのだけれど、椛が言いたい真意が見えなくて、文は対応に困ってしまう。
「……………………ゎ、たし、で……」
「え?」
「で、ですから! その……私で、お試しになれば、いいじゃないですか……」
「……え、ええええっ……!?」
 顔をこれでもかというぐらいに真っ赤にして言う椛。
「も、椛にそういう趣味があるなんて、知りませんでした。……どきどき」
「――違いますよ!? そういう趣味とかないですよー!?」
 はぁっと、大きなため息を椛はついてみせてから。
「そうじゃなくて……例えレポートの為とはいえ、誰かが文さまの手で愛されるのが、私は嫌なだけですっ……」
 じわじわと、ゆっくり時間を掛けて。けれど今度は椛が言わんとしている言葉の真意までもが、はっきりと文にも伝わってくる。
「椛、あなたまさか……」
 それでも文は、椛に訊き返さずにはいられなかった。
 文が訊ねると、椛はすぐに頷いてくれる。
「……私、文さまのことが、好きなんですよ……」
 直接に心をぶつけてくる言葉は、文の心にも大きな衝撃となって響く。
 椛のことをそういう風に見たことなんて、文には今まで一度だってなかった。それなのに「好き」と言われただけで……否応なしに、椛のことが急に意識され始めてくる。
「こんな気持ち、文さまには迷惑なだけ、かもしれません……」
「め、迷惑だなんて! う、嬉しいです、もちろん」
 椛が好きと言ってくれること。それ自体は言い繕うのではなく、本当に嬉しいと思う。だけど……。
「どうして私なんですか……? 私なんかの、一体どこが……?」
 純粋に、そのことが文には疑問だった。椛とは確かに親しくしているけれど、自分が他の天狗達に較べて特別魅力的ではないことぐらい、文にだって十分自覚していることだから。――新聞の押しつけとか、盗撮とか、他の天狗達以上に嫌われるならともかく。
「好きになった理由なんて……わかんないです。文さまのことを好きな所だって、文さまの全部が、としか」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳に、文は射貫かれる心地さえ覚える。
「でも、でも……文さまのことが好きなのは、本当なんです! それだけはどうか、信じて下さい……」
 信じるも信じないもなくて、そもそも椛の言葉は始めから疑いもなく、文の心には捉えられてしまう。それは椛が嘘を吐くはずがないと、文自身が完全に椛のことを信頼しきっているからだ。
 同時に椛がどれほど自分に心を寄せてくれているかも、今さらではあるのだけれど文には痛いほど伝わってくる。伝わってくるのだけれど……その気持ちに、どうやって応えたらいいのかが、どうしても文には判らない。
 それでも、応えなければいけない。それぐらい、文にだって判るのだ。これほど真摯に心をぶつけてきてくれる相手を無下にすることなんて、できはしないのだから。
「え、ええっと……椛」
「……は、はい」
「私も椛のことを好きになれるかわかんないけれど、その……友達から、とか?」
「――!!」
 椛の顔がぱあっと明るくなって、喜んで貰えたのが判って文はほっとする。
 自分なんかの為に、椛はあんなにも真面目になってくれて。そして、こんなにも素直に喜んでくれて。
 好き、と言われたせいだろうか。椛に対する特別な感情が、少しずつ心に育ち始めていることが文にもなんとなく判った。
「……ですが。でしたらなおさら、椛に対して酷いことなんてできません。こんな、機械でなんて」
 椛に対して抱き始めた想いの答えが、椛が渡して向けてくれている想いと同一のものなのか、それはまだ文にも判らない。それでも特別な想いであることは確かで、椛が大切な人であることには間違いないのだから。
 けれど文がそう口にすると、椛はふるふると首を左右に振って。
「機械でも、いいんです。……文さまがしてくださるなら、私は嬉しいですから」
「で、ですがっ。きっと、とても辛いと思いますよ?」
「いいんです。文さまがしてくだされば、それだけで私は幸せですから。……優しくして、だなんて望みません」

 

   *


 椛の躰を、文はそっと抱き寄せる。
 文よりも余程幼い椛の表情、そして稚い体躯。慕われることは純粋に嬉しいとは思う……けれど、同時に疚しい気持ちばかりが堰を切ったように溢れてくる。無垢な椛のことを、自分の都合ばかり優先して、こんな形で抱いてしまって良いものだろうか。
 椛が自分から服を脱いで布団の傍に寄ってくる頃には、そうした文の畏れめいた不安はより強固なものになってしまっていて。文はそうした不安な気持ちを正直に、そして同時に今更ながら辞めたほうがいいと思う気持ちを椛にぶつけるのだけれど、椛はあっさりと首を左右に振ってそれを拒んでしまう。
「私が、文さまにして欲しいと、望んでいるのですから」
 椛にそう言われることは幾らか文の気持ちを楽にするけれど、同時にそこまで椛に言わせているにも関わらず、彼女が自分に対して抱いてくれている想いの半分さえ自分が抱けてはいないという事実が、どうしても文の心にはのし掛かってきてしまう。
「……私では、ダメですか?」
「そういう、わけじゃ」
「機械でとはいえ、文さまに知らない誰かが抱かれるだなんて――私には堪えられないんです。だから、どうか苦しまないで。これは、私の我儘ですから」
 椛がそこまで自分なんかを思ってくれていることが。
 今でも文にはどこか信じられないのに。それでも椛の真剣な表情、真摯な言葉は、文にそれを疑わせない。嘘が吐けない真面目さを知っているだけに、椛の言葉はすんなりと文の心に届く。
「……わかった」
 観念にも似た気持ちで、文は頷く。
 椛の顔がぱあっと明るくなったのを見て、文も少しだけ心が晴れる想いがした。
「でも、機械は使わない」
「……それでは、にとりとの約束が」
「ええ、今回は使わない、ってだけです」
 裸の椛の肌に触れる。しっとりと、文の指先が心地よく滑る。
「せめて今日だけは。……今日だけは機械とかじゃなくて、椛のことを愛したいんです」
 椛が自分に対して寄せてくれるだけの想いを、文は持っていない。
 それでも椛に愛されている気持ちの大きさは判るし、こんなにも真摯に愛されれば文だってやっぱり絆される。少なくとも今の文には、椛のことを真面目に愛したい気持ちが確実なものとして芽生え始めているらしかった。
「……嬉しい、です」
 言葉通りに嬉しそうに微笑んでくれる椛の姿を見れば、文も自然に嬉しい心地になって顔が綻んだ。
 やっぱり、と。文は胸の深い部分から、確かなものとして自分の心を意識する。「好き」と言われて、一方的だった筈の椛からの想い。でも文の心はもう、簡単に椛に惹き寄せられているみたいで。
(私も、椛のことが、もう好きなのかもしれない)
 一度心の中に言葉を問いかけたなら、それはまるで自然なことであるかのように。すんなりと、受け入れられた。
「椛」
 愛しい人の名前を呼ぶ。
「……好きです」
 愛しく思う気持ちを、ありのまま伝える。

 

 

 


 

 

■ 07/09/07[blog] 告白 梨花・圭一(ひぐらしのなく頃に)

 

 

 月明かりは優しく包み込むように照らしてきて、薄闇の中に凛々しいほどに圭一の表情は映える。始めて圭一と出合ったときのことは明確に覚えているのに、その時にどんな眼差しで圭一のことを見つめていられたのか、今となってはもう梨花には思い出すことができなかった。
 どうして少し前までは、平然とした気持ちで彼のことを見ていられたのだろう。言葉で囃したり行動で囃したり、そうした純粋な友人としての気安い関係がほんの少し過去へと遡るだけで在った筈なのに。その時の気持ちは、今は僅かにさえ確かめられはしない。
 今では――見つめているだけで、吸い寄せられてしまいそうな気持ちになる。心も、躰さえ、自由にはならない。

 夜の古手神社前。送ってくれた圭一が、梨花のほうを優しい眼差しで見送ってくれる。
 神社の石段が、身長差を補ってくれる。だから私は、何の苦労もなく圭一に口吻けることができた。

「梨花、ちゃん――?」
 唇は僅かに触れ合って、すぐに離れる。驚いたように見開かれる彼の瞳に訊ねられて、梨花はにいっと微笑むように笑顔を浮かべて応えた。
「何、を……?」
「――キスされてその意味が判らないだなんて、言わないで欲しいのですよ」
 これでもう、逃げられない。魅音には明日にでも、嫌われるかもしれない。そう思うのに、不思議なぐらいに心は後悔の気持ちを抱かせなかった。
「私はもう……圭一に対して自分を作るのは、やめたのです。圭一に対して少しでも自分を偽ること、圭一を少しでも疑うこと。その二つをやめてしまった今だから、私は心の儘に圭一に気持ちをぶつけることができる」
 殆ど、自然に言葉が零れ出てくるみたいだった。言葉は選べば選ぶほど嘘に近づく気がするのに、今だけは正直に心の有り様を彼に伝えられている気がする。
 心臓が早鐘を打つように高鳴っている。それでも、私はもう躊躇わずに何よりも伝えたい気持ちを、圭一の目を見て言うことができた。
「圭一のことが――好きなのです。この世界で、誰よりも圭一のことが好きなのです」
 心を素直に相手に打ち明けてしまうことには、信じられないぐらいの勇気がいる。だけど私に惨劇を回避するだけの勇気を与え、心と向き合って逃げないだけの勇気を与えてくれたのも、他ならない圭一だった。
「……」
 圭一は押し黙ったように何も答えない。――無理もない。圭一だってまさか私から、こんな気持ちを打ち明けられるとはまるで予想してはいなかっただろうから。
「……本当に、俺なんかを……?」
「はいなのです」
 まだ信じられない、といった面持ちで。けれど圭一は、疑うことなく私の言葉を受け入れてくれる。
「どうして……その、俺なんか、を……?」
「それは、愚問なのですよ圭一」
 その質問には、すぐに答えることができた。
「私たちは惨劇という共通の目標と戦ったことで、誰だって圭一の本当の魅力を知っているのです。だから私も、魅ぃも、他の誰だって圭一に惹かれて恋をするのです。――圭一のことを、好きにならないはずがないのですよ」
 魅音の名前を出したことで、少しだけ嫉妬が心を焦がすことに気付く。
「圭一のことを『魅ぃの婚約者』だと、茶化すたびに壊れていく心があったのです。私はずっとその気持ちに気付いていても、見ない振りをするしかなかったのです。それはとても辛いことで……苦しいことで……。気持ちの正体を意識してしまわないように、何度も何度も心を閉ざしていても……圭一へ抱いてしまう気持ちの真実は、疑いようもないぐらいにまざまざと、私の心に突きつけられてくるのです……」
 今は、心がとても清々しい気持ちだった。私はずっと言いたかった――圭一のことを好きな自分を、彼のことを愛している誇らしい自分を、誰に対しても豪語したいぐらいだった。
「その、俺は……」
「わかっています。圭一は、魅ぃのことが好き……なのです」
 気持ちが叶わないことは知っていた。
 その事実はかつて、悲しいぐらいに私の心を傷つけたけれど。……今は、そうではない。
「ごめんなさい、圭一。……知っていても、もう私は自分に嘘は吐けないのです。例えそれが、圭一を困らせてしまうことにしかならなくて、魅ぃに嫌われることにしかならないと判っていても」
 報われるか、報われないか。そういう問題ではない。
「圭一に、私のことを好きになって欲しいわけではないのです。ただ、私が圭一のことを誰よりも好きなことを、知って欲しいだけなのです」
 叶わないからと、正直な気持ちに手を伸ばさないのはとても愚かなことだと、今だから判る。相手にも自分と同じぐらいに愛されたいから告白するのではない、私が圭一のことをこんなにも愛しく思っている気持ち、ただそれを理解して欲しいがために、私は気持ちをぶつけるのだ。
「覚悟するのですよ、圭一。私だけでなく、すぐに他の人たちもみんな、こぞって圭一に告白してくるのです」
「……いや、それはさすがに梨花ちゃんの思い込みだと思うけど」
「信じないなら、それでもいいのです。……忠告はしたのですよ?」
 そう言いながら、意識して妖艶に笑んでみせる。それを見て困った顔をする圭一が、今はとても可笑しかった。
「みんな魅ぃに遠慮して、気持ちを隠しているのです。でもボクが、みんなの前で圭一への気持ちを隠しもせずに告白したなら……きっとみんなすぐに、気持ちを押しとどめることができなくなってしまうのですよ」
「げっ……みんなの前でも言うのか?」
「はい、言うのです。私のことを好きになってくれない圭一なんて、せいぜい困るがよいのですよ〜」
 報われないと判っていても、嫉妬の心が無いわけではない。そうなるとむくむくと首を擡げてくるのは、やっぱり悪戯心だった。どうやら私は気持ちを偽る云々以前に、本質的に意地悪らしい。
「その……ごめんな?」
「え?」
「せっかく気持ちを打ち明けてくれたのに、その……」
 本当に申し訳なさそうに口にする、圭一の姿を見てしまうと。途端に今までの可笑しさや悪戯心が吹っ飛ばされて、どうしようもない程の申し訳なさだけが心に溢れてきてしまう。
「……私こそ、ごめんなさい、なのです」
 けれど謝るからといって、圭一を困らせることを止められることにはならない。
「それでも私はみんなの前でも、圭一のことを好きと言うのです。……これだけは、譲れないのです。これを諦めたら、私はまた自分に嘘を吐くことになってしまう」
「……わかったよ」
 不承不承といった様子で、圭一は頷く。それでも圭一が笑ってくれて、私の気持ちを嫌だと思ってはいないことが、私には堪らなく嬉しかった。
「それじゃあ、もう行くのです」
「ああ、また明日な」
 簡単に手を振り合うだけの別れを済ませて。私たちは、お互いに背中を向け合う。
「――圭一!」
「おう?」
 自転車に跨って、今に走り出しかけた圭一を、私は呼び止めていた。
「その……こんなことを言うと、圭一はきっと笑うと思うのですが」
 自分でも変なことを言おうとしているのは判る。判っているのだけれど、それでも彼に直接伝えたい気持ちを、私は押しとどめることができない。
「ボクは、圭一のことを……運命の人だ、と強く意識しているのです」
「……別に笑ったりなんてしないけど」
「みぃ。やっぱり、誰にも譲れないのです。譲れないのですよ……」
 圭一と魅音は両想い。判っていても、やっぱり諦めきれない。
「私に諦めない心と強さを教えてくれたのは、圭一なのです。だから私は……やっぱり諦めたりしないのです! 圭一を……圭一を魅ぃだけのものになんて、許せないのです。圭一を、振り向かせてみせるのです……!」
「り、梨花ちゃん?」
「覚悟するのですよ、圭一? 圭一はとても強い人で、圭一のおかげで惨劇という運命から私たちは逃れることができた。だけど、私が教えてあげるのです。この雛見沢に――決して逃れられない運命もあるのだということを、圭一に教えてやるのですよ。にぱ〜♪」

 

 

 


 

 

■ 07/06/19[mixi] やらずのあめ? 遣らずの雨/嘘BADEND(マリア様がみてる)

 

 

 今日みたいな雨の強い日には、さすがに好きこのんで足を向ける人も少ないらしい。広すぎる空間の中でまばらにだけ感じられる気配のひとつである志摩子は、重く沈んでいく心のようにひっそりと息を潜めた。
 傍にあったテーブルの一席に腰を下ろす。図書館の中は、静謐な空気だけが溢れている。時計の針と、時折幾つかの足音に混じって聞こえる咳払いやページを捲る音だけが、周囲の存在と志摩子の存在とをリアルに実感させてきた。
(返せ、とは言われなかったな――)
 薬指で淋しく光る、銀色の輝きを見つめながら、彼と最後に見た映画のことを思い出す。別れた彼に指輪を返すようにせがまれて、ヒロイン拒みつづける。悲恋から始まって最後には関係が修復してハッピーエンドになる、そんな映画だった。
 いまさら元に戻れる筈もないのだけれど。映画みたいに始まった恋なら、いっそ映画のように別れも迫ってくれればよかったのに。……なんて思ってしまうのは、つまらないことだろうか。
 彼との日々をひとつ思い出すと、楽しかった記憶、幸せだった記憶ばかりが溢れるように思い出されてきてしまう。じりじりと、灼けるように心が追い詰められていく焦燥を、志摩子は机に突っ伏して悲しみごと嚥下してしまうしかなかった。
(――私が居たその胸に、いま誰が抱かれているのだろう)
 想像することは、ただただ辛い。
 恋に破れると言うことは、彼を想う気持ちの総てを、一方的に否定されると言うことなのか。
(もう、恋なんて二度と――)
 古い歌謡曲の一節に似たことを、一瞬心に思う。
 だけど……無理だ、という気持ちも同時に溢れる。
 私は、恋することを知ってしまった。誰かに愛される喜びを知ってしまった今では、もうきっと昔のような自分になんて、なれはしないのだ。失意の感情が今だけは恋することを疎んじていても、機会さえあればまた私は誰かに愛されようと躍起になるのだろう。
 かつて孤独に生きていた自分のことが、ひどく昔のことのように思えてしまう。寂しさの雨は堪えきれないほどに辛く、いまの私には抗えるだけの強さを持ってはいない。
(また誰かを愛して。――また、こうして傷つくのだろうか)

 

 それでも、誰かを好きになる。
 また誰かを好きになって。自分を好きになってくれる誰かを探して。
 そうして、最後には自分を選んでくれるかどうかを試すのだろうか。

 

 

 


 

 

■ 07/03/08[mixi] ハヤテのごとく! ヒナギク×ハヤテ(はやてのごとく!)

 

 

「……ふぁ……」
 こんな気持ちを――夢心地、と。呼ぶのかもしれない。
 唇が離れる刹那、ヒナギクの意識の外で息が漏れた。蕩けてしまいそうに掴めない自分の心の中で、けれど物惜しい気持ちだけが痛いほどに伝わってくる。叶うなら、もっと長い間キスをしていたかった。
「……本当に、良かったんですか?」
 申し訳なさそうに口にするハヤテ君を前に、私は「いいのよ」とだけ端的に答える。拙い答えにハヤテ君は不承不承気味に納得したかのようだったけれど、今の私にそれ以上の言葉を求められるのは酷だった。
 あと少しでも口を開いてしまえば、心の総てを吐露してしまいそうだった。溢れんばかりの慕情も、欲望も、総て彼に知られてしまいそうに思えた。私の気持ちの総てを彼に知られたい――そうした思いが心の中にあるのもまた事実ではあるのだけれど、現実に伴う私はいつも心を悟られないように強くひた隠そうとする。
(……そんなことだから、女の子らしくないと言われるのだろうか)
 いちどそんな事を考え出してしまうと余計悲しみのドツボにハマってしまいそうだから、ぶんぶんと首を左右に振って私は考えるのを止めた。
 女の子らしいとは、もっと無防備であることを指すのかもしれない。実際、きっと心が少し弱いぐらいのほうが、女の子は男性に愛される。心を隠匿するのではなく……。
「――私なんかでも、よろしいですか?」
 それでも明け透けに好きとは口にできなくて。少しだけ卑怯な自分を自覚しながらも、精一杯の勇気で私は彼にそう訊いた。そんな訊き方では、きっと彼は私の言葉を否定できない。私を拒絶できない。――理解っていながら、けれどそうとしか訊けない私には、正々堂々がモットーの普段の私の姿はどこにも見えないのかもしれない。
 それでも……きっと彼に拒絶されては。私はもう、生きていくことさえ希望を見出せないかもしれない。いつかの日に好きであることを自覚させられて、どうしてから毎晩のように夢に見てきた。そんな彼に拒絶されるだなんて――そんな恐ろしいことは。
「……僕のほうこそ、良いのでしょうか。その……ヒナギクさんの……」
「私の?」
「…………えっと、その……」
 意地悪に訊き返。クスリと私が笑むと、彼も釣られるように優しく笑んだ。
(――ああ)
 この笑顔だ。この笑顔を、夢に見ない日なんてない。
 彼の優しく微笑む表情。これが、私をどんなにも虜にする。
(誰にも渡したくない)
 恋愛はいつでも独占欲でできている。そして同時に、
(彼だけのものに、なりたい――)
 被独占欲でもできている。男性もそうなのかは知らないが、少なくとも生物学上は女の子に生まれた私だから、やっぱり心にはそうした気持ちが眠っていたらしい。
「あ……」
 ハヤテ君が躊躇いの声を上げるのにも構わずに、ヒナギクは制服をその場で脱いだ。
 言葉にできないのなら態度で示すしかない。私にはとうに彼のことを受け入れる覚悟が………………できているかは、うーん、その、何だ、自信がとてもないけれど。
 でもきっと、私も女の子だから。
「寒く、ないですか?」
「……平気よ」
 実際寒くは無い。ガーデン・ゲートの最上階、ヒナギクが今座っている生徒会室のソファーにはテラスから吹き込む風が多少は感じられるけれど、それでも夏の夜は暖かく、気にさえなりはしない。むしろ、裡から来る熱で身体は熱いぐらいだ。
 彼は、目線を私の躰に重ねようとはしない。それがハヤテ君の優しさなのだと判ってはいながらも……今はきっとそんな優しさ、残酷でしかないのに。
「ハヤテ君」
「はっ、はい……?」
「……あくまで、嫌でなければ、なのだけれど」
 私に残された最後の勇気。ハヤテ君の手を、私は取る。
「私でもよければ……お願いします」
 ハヤテ君の手を私の肩に導く。肩とはいえ素肌に愛しい彼の手が触れたことで、不思議な感覚が身体に行き渡る。愛しさから溢れ出るものだろうから、きっとどうにもならない。
「……いいん、ですね?」
 彼もようやく、そう言ってくれる。ハヤテ君の視線はもう、今はどこにも逸らされてはいない。私の瞳を、私の顔を。そして下着だけしか身に着けていない躰までもを捕らえた彼の視線に竦んで、身体はもう自由が利かなくなる。
 でも、それは好都合なことかもしれない。少なくとも、初めての時に暴れたりして、彼に嫌われないで済むのかもしれない。
 私は頷いた。
 ――覚悟ができていないなんて、嘘。
 だってもう、私は今までに幾度、夢の中で彼の甘い手に抱かれてきただろうか。

 

 

 


 

 

■ 06/10/05[旧mixi] レイマリの書きつけ 魔理沙×霊夢(東方project)

 

 

 恋愛なんていうものはとても不安定なもので、だからいつも奇妙な不安が心を占めるのだろうか。
 目の前に十数センチ。それだけの距離にまで近づいてなお、魔理沙にはどうして自分が霊夢のことをこんなにも好きなのか。――それ以上に、霊夢に自分の一体どこを好きで居られるのだろうかと、心を交し合えている理由の総てが疑問でならなかった。
 マナー違反だと理解っていても目が離せない。そうするべきだと理解っていても、目をいちど閉じてしまえば――まるでいま目の前にしている霊夢がどこかへ消えてしまうような――彼女は他の人にはない強さや強靭さと同時に、そうした儚ささえ持ち合わせていたから。
「バカね」
 霊夢が目を開いて、優しく細い瞳で魔理沙を見つめた。
「そんな事で私は、消えたりなんてしないわ」
 心さえ、簡単に見透かされてしまう。
 ――霊夢は不可思議だ。魔理沙と同じ人間であり、同じぐらいの年齢の彼女であるのに。魔法使いだなんていう、まるで不可思議の代名詞のような魔理沙自身なんかより、よほど不可思議なもので満ち溢れている。霊夢の体温は魔理沙のものより一段と冷たい。かと思えば、魔理沙の頬に当て交われる吐息はぞっとする程に熱を帯びている。いつも凛と張詰めた空気が霊夢の周りに萃められているかと思うのに、ひとたび霊夢が熱情を抑えることを止めてしまえば、それはすぐにそぼ降る雨の直後にあるような空気のように、しっとり湿った世界にさえ変わる。
(いつも翻弄されているのは、私のほうだ)
 そう思えてしまうことが少しだけ魔理沙には悔しくも感じられてしまう。何事においてもリードを取っていなければ落ち着かないのに、霊夢の前では僅かにさえ許されはしない。心は見透かされて、霊夢の儘に赦されて。魔理沙には思う儘にならない燻った気持ちを、望む儘にせがむことなんてできないのに。
「……しないの?」
 魔理沙の眼前にあった薄紅の唇が、数センチの距離からすぐに離れてしまう。
 心はすぐに、それを残念に悲しく思う。いちど離れても、魔理沙の側から唇を寄せたなら、霊夢はそれを受け入れてくれるのだろう。そう判っているのに、そうできないとも判っている。そんな自分が、もどかしくてならない。
 最後に魔理沙の望みを阻むのは、いつだって自身のプライドとか、そうしたつまらないものだった。そんな枷なんて理屈のひとつも付ければすぐに外す事ができるのに、けれど魔理沙はそうしない。つまらないプライドは、即ち魔理沙に残された数少ない自我そのものだ。霊夢に魅了されて、自我を奪われること。それはレミリアのような吸血鬼が人を虜にする呪縛に捕らわれるのと全く同一のことで、心忘れた人形にされるのと同じことなのだから。
 思っていても、もちろんそれで誘惑を振り払えるわけではない。いっそ、彼女の――霊夢の前でだけは、素直な自分になることができたら。そう想ってしまう自分の浅ましさを、魔理沙は見ないわけにはいかなかった。霊夢の儘に望まれて、霊夢の儘に奪われて。そうして欲望の儘に自分を曝けることさえできれば。それはそれで、決してそうしなければ得られることの無い、止め処ない幸福感があるのだと理解っている。
 心を赦してしまうことは……きっと、とても簡単。なのに魔理沙がそうしないのは、同時にそれが怖かったからだ。心は、いつも倖せになることを望んでいる。それなのに、心のどこかでは。同時に、いつだって倖せに陥ってしまうことに、どんなにも畏れを抱いている自身の姿もまた、鮮明に魔理沙の中には在るのだった。
 それはもしかすると、自分に自信が無いということに繋がっているのかもしれなかった。魔理沙は霊夢のことを、どんなにも絶望的なほどに愛、している。けれど、霊夢が自分なんかを好きでいてくれる理由が、どうしても魔理沙には理解できなかった。
 霊夢は私のことを「好き」と言ってくれる。魔理沙はそれを信じて……信じたいとは、思っている。霊夢がこうしたことで嘘をつくわけがないから、だから言葉に偽りは無いのだと思う。霊夢は、今は私のことを愛してくれている、かもしれない。
 だけど現在の私を愛してくれていることが、どうして一日後、一ヵ月後、一年後の私を愛し続けてくれることの理由になり得るだろう。魔理沙にはどうしても未来の自分が、まだ彼女に愛されている自身が持てなかった。例え今、目の前で何度「好き」の言葉を霊夢の口から聞いても、きっと魔理沙の不安は僅かにさえ拭われはしないのだろう。
 霊夢は誰からも愛される。誰もが彼女に惹かれ、誰もが彼女に行為を寄せる。そんな霊夢だから、彼女には誰にでも愛を向ける権利があるように思えた。釣り合い、だなんて言葉を考えるだけで、心がむかむかして吐きそうな気分になる。魔理沙は理解している。私が彼女と、同じ秤で釣り合うわけない。
 ――魔理沙が、そんな堂々巡りの感情に心を奪われていると。霊夢が一歩前に出て、そうして魔理沙に唇を軽く重ねてきた。
 柔らかな唇の感触と、鼻腔を擽る温かな香り。幸福感の余りに、心がカッと燃え立ちそうになる。
「キス、したかったんでしょう?」
 ふふん、と胸を振って口にする霊夢から、魔理沙は目を逸らす。
「……ば、バカなこと、言うんじゃない、ぜ」
 素直になりたい。素直になれない。
 素直になって、倖せに陥るのが怖い。
 あるいは、こうして倖せになることを拒み続けてさえいれば。いつかの未来、霊夢に棄てられたときに、心が痛烈に引き裂かれる痛みも、少しは和らぐのかもしれないから。
 ただ恐怖から。どんなにも、倖せを拒絶することしかできなかった。

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「……ねぇ、魔理沙」
 気まずい空気。それを破ったのは霊夢の側だった。
「な、何だ?」
「私のこと、好き?」
 顔を僅かに紅色に染めながら、けれど疑いようもないぐらいに霊夢がはっきりと言葉を口にする。もちろん言葉はすぐ正面の魔理沙の耳にもはっきりと伝わったが、魔理沙は一瞬今自分が何を言われたのかが理解らなかった。
 数秒の間があって。ようやく今言われてしまったことを魔理沙が理解するに至ると、頭の中で怒涛のように様々な思惑ことが入り乱れすぎて、ただでさえ緊張と恥ずかしさとで浮き立っていた理性とか思考とか、そういうものは簡単に混乱を極めてしまう。
 視線を見据えた先で、ほんの僅かな距離の先で。霊夢がまじまじと魔理沙のほうに視線を重ねてきた。霊夢の視線からは真摯な心構えが容易に推察できて、逆に恥ずかしくなって魔理沙の側から目を逸けてしまう。
「な、な……」
 もしも、ここで好きと言えたら。ここで霊夢に、自分の気持ちの儘を伝えられたら。魔理沙が本当に心の裡で望んでいる未来図が、あるいは現実のものになるかもしれないのに。
「……なんで、そんなこと訊くんだ……?」
 そこまで理解っているのに。それでも、自分の偏執した気持ちを霊夢にぶつけてしまうことはできなくて。言葉は真意の儘に吐かれることは無くて、はぐらかしてしまう。
 魔理沙がはぐらかした言葉には、霊夢は答えなかった。ただ、少しだけさっきまで彼女の傍にあったの凛々とした雰囲気が少しだけ和らいでいる。その理由が、安堵のものなのか、落胆のものなのかまでは勿論理解らないけれど。
「霊夢こそ……もしかして、私のことが、好き、とか、思ってるのか?」
 半ば挑発的に口にしてしまうのが悪い癖だけれど。それでも、こんな台詞が魔理沙に口に出来る精一杯の言葉だった。
 魔理沙の言葉に少しだけ霊夢は思する素振りを見せる。数秒の間のあと、霊夢は魔理沙のほうを見て、
「……正直、わかんない」
 と言った。
 淡い期待心を当然抱きながら質問をぶつけた魔理沙は、当然のことながらその霊夢のあまりに素っ気無い答えにがくーっと落胆してしまう。失望感よりも疲れがどっと全身に沸いてきて、へたへたとその場で座り込んでしまった。
「な、なんだよそれ……」
「あ、ごめん。そこまで落ち込むとは思わなかったもので、つい」
 がっかりしすぎて俯いた魔理沙に、霊夢が身を寄せてきた。どうしたのかと思って魔理沙が慌てて顔を上げる。
 顔を上げた魔理沙は、すぐ目の前。僅かに数センチの距離に霊夢の顔があって、思わず硬直してしまう。
 身動きできない魔理沙の頬に。そっと、霊夢の唇が寄せられた。
 頬に当たる柔らかな感触。魔理沙の思考は再び混乱を極めたものの、それでも瞳を閉じなかった魔理沙のすぐに目の前で、瞳を閉じた霊夢の顔があって、頬に感触があって、そこまで条件が揃っていたら今自分が何をされたかなんてさすがに理解ってしまう。
 数秒の逡巡。抵抗の声を上げることも、口吻けの誘惑から顔を離すことも出来ずに魔理沙が固まっていると、唇を寄せたときのようにゆっくりとした動作で霊夢の顔が傍から離れていった。
「嘘をついてごめんなさい。……本当は好き。誰よりも、魔理沙の事が」
 優柔不断な魔理沙とは違って。いとも呆気なく、霊夢がそう言い切った。
「……ど、ど、ど」
「『どうして』って言いたいの? 嘘をついたことなら、質問をはぐらかした魔理沙をちょっと苛めてみたくなっただけ。キスをした理由なら、私が魔理沙のことを好きだからよ」
「……な、な、な」
「『なんで』? それじゃあ、さっきの質問と同じじゃないの」
 心が追い詰められる。
 好き、と言ってくれる霊夢。それに応えたいと思う自分。
 そこまで理解っていて。
「ば、馬鹿じゃないのか、お前。わ、私のこと好きとか」
 そんな言葉が、魔理沙の口をついてしまった。
 これだけの状況が揃っていて。それでもなお、反射的にはぐらかそうとしてしまう自分が居ること。それが魔理沙にはどうしようもないぐらいに、悲しかった。
(――どこまでヘタレなんだ、私は)
 さすがに魔理沙もこれには自己嫌悪してしまう。ほんの僅かな勇気。ほんの僅かな愛の言葉。それだけで、今まで本当に、痛切なぐらいに願ってやまなかった未来が見えるかもしれないのに。
「……そうね、正直私も自分のこと、馬鹿じゃないのかって思うわ」
「そ、そうだろ。大体、女が女を好きとか、そういう」
「違う。――私が自分のことを馬鹿だと思うのは、そういうことじゃないわ、魔理沙」
 慌てて繕う言葉はあっさりと霊夢の否定で切り捨てられる。
「私、今日魔理沙の夢を見たわ」
「――は?」
「ううん、今日だけじゃない。昨日も、一昨日も、その前の日にも。毎晩魔理沙のことを夢に見るの。最近は毎朝寒くて、いつも寒さから目を覚まして。――そうして、躰が寒い理由が隣に魔理沙がいないからだって気付いて、いつも淋しい気分で仕方なく起きるのよ」
 霊夢の腕が再度、魔理沙の躰をゆっくりと抱きしめる。
「毎晩、違う夢を見るわ。季節は夏のこともあるし、魔理沙の家が舞台のこともある。それでも、私は夢の内容に恐れたりしないの。夢はいつだって都合よく出来ていて、私は少なくとも目を覚ます瞬間までは悲しさや寂しさを感じることがないから。――そうそう、夢の中の魔理沙は嘘を吐かないの。だから、私も悲しい気持ちになることがないのよ」
「……ば、馬鹿いうなよ。私は正直者だぜ」
「そう。――じゃあ自称正直者の霧雨魔理沙さんにもう一度訊くわ」
 魔理沙の躰に回された腕に、少しだけ力が籠められてくる。
「――私のこと、好き?」
 霊夢の吐息が、魔理沙の頬に掛かった。
 そんなに固い拘束ではないけれど、なんとなく抱き竦められたような気持ちになって、魔理沙は抗うことができなくなる。目と鼻の先に霊夢の顔がある。もうさっきみたいに、はぐらかせるような雰囲気じゃなかった。
 逃げ場を失った魔理沙は恐慌をきたした。言いたい言葉と、言えない臆病さが思考の中で入り混じる。
 霊夢の腕の中で、掻き抱かれていても。俯くことしかできない。
 伝えたい言葉なら山のようにあった。愛しているということも、愛している理由も。そんなことを伝えるための言葉ならいくらでも湧き出てくる。だというのに、それらの言葉は伝えられる事無く、立ち所に霧散させられてしまうのだ。――総ては、私が臆病すぎるが為に。
 何も言えない。霊夢が気持ちを伝えてきてくれているのに、何も応えられらない。何にも応えられない。どうしようもない無力感と苛立ちだけが、ただ心の底に堆積していく。
 ――怖かった。魔理沙には、霊夢との未来がただ怖かった。
 霊夢のことが、本当はどうしようもなく好きな自分。それを認めてしまうことが怖かった。同時にいちどそれを認めてしまうと、きっと霊夢を求めずにはいられなくなってしまう自分のことが怖くて。
 貪欲すぎる愛情を認めてしまうこと。それがいつか霊夢を傷つけることに繋がるのではないかという畏怖。それが、ただ怖かったのだ。
 どうして人を愛するということには常に、独占欲とか性愛とか、そういう穢い部分が付きまとうのだろう。もしもそんなものが無ければ、純粋に人を愛するということができる筈なのに。
 魔理沙は気づいてしまっていた。何度も何度も霊夢への愛を再確認させられてきたが所以に、愛するということに基づいた穢い感情の側面も、どうしようもないぐらいに見てきてしまったのだ。
 ――例えば、独占欲の側面。もしも叶うなら、霊夢を私だけのものにしたかった。独占欲は醜さを変じて、悲しいレベルにまで達してしまう。『美しい姫を塔に閉じ込めて……』なんていう御伽噺もあった気がするけれど、魔理沙にはその心がいとも容易く理解できた。私だって、もしも叶うなら。どこか、誰の目にも触れられることの無い部屋に霊夢を閉じ込めて、ただ自分だけが赦されて霊夢を愛でたいという狂気的な勘定さえあったからだ。
 ――例えば、性愛の側面。魔理沙だって、毎夜ごとに霊夢の夢を見ていた。けれど、それが霊夢に伝えられないのは……その夢が、多く性的なことを伴って描かれているからだった。夢の中で幾度霊夢の躰を組み敷いたり、嬌声を上げる霊夢の声を覚えたか知らない。霊夢が私のことを夢に見てくれている、そのこと自体は勿論非常に魔理沙にとっては嬉しかったが……けれど、霊夢に私もそうなのだということを伝えられないほどに醜い夢しか描けないでいる自分のことが、魔理沙には無性に悲しく思えたのだ。
 自分のことが……自分のことだから。霊夢のことを愛していることを盾にして、醜すぎる感情を潜ませている自分を熟知しているから。霊夢を愛しているだなんて、どうやっても口に出来ない、言える資格なんて無い自分のことを理解しきっているから。だから……。
 ――そんな哀しい領域にまで魔理沙の思考が及んでいる時。ふと魔理沙を我に返させたのは、抱き竦めていた筈の霊夢の両腕だった。
 震えていた。霊夢の腕が、霊夢の躰が震えていて、ふと我に変えさせられた。俯いていた顔を上げて霊夢の方を確かめる。――霊夢が泣いていた。
 泣いている理由は理解らなくても、泣かせているのが自分だということは容易に想像できてしまう。自分のせいで、と思うと、泣いてぐしゃぐしゃになった霊夢の顔を見て、心が拉ぐ想いがした。
「れ、霊夢、その……」
「魔理沙……」
 何か言わなければいけない。理解っているのに、慰めの言葉ひとつ上手く思いつかない。
「……魔理沙の言う通り、私、馬鹿だけど。馬鹿だけれど」
 ぐすぐすと、声を詰らせながら霊夢が言う。
「……馬鹿だけれど、魔理沙がどんなに私のこと見ててくれたか知ってる。二人だけの時にも、みんなでお花見してる時だって。魔理沙はいつだって、私のことを見ててくれたし、気に掛けてくれた。……魔理沙は心配性だから、始めの頃はそれが本当にただの心配なんだと思っていたけれど、でも。――私、馬鹿だけど、魔理沙が、私に寄せてくれてる気持ちに気づかないほどまで、鈍感じゃない。魔理沙が、私に、向けてくれてる、視線の意味に、気づけないほど、馬鹿じゃないからっ……」
 最後のほうには殆ど声が声になってない。喉を詰らせる、嗚咽の声を交えながら吐くそんな霊夢の訴えに、幸福感よりも深い罪の意識が魔理沙の胸を貫いた。咽びながらも真摯な声は、霊夢が言っていることが嘘を孕まないことを簡単に知らしめてしまう。それが理解るだけに、そんな風にまで言葉を吐かせている自分が……そこまで言わせてしまっている自分のことが、魔理沙には許せなかった。
(……馬鹿は、私のほうじゃないか)
 躰を求めてしまえば、傷つけてしまうかもしれない。恐怖感が心に杭を打ちつけていて、霊夢に対して何をすることも、何を伝えることも出来ずにいたというのに。なのに、魔理沙の目の前で霊夢が泣いているのは。傷つけるのを恐れるあまりに躊躇っていたはずなのに……なのに、霊夢が泣いているのは。躊躇うこと、それ自体がこんなにも霊夢のことを傷つけているだなんて。
 ようやく理解する。多分、霊夢は私の心を総て見透かしていたのだ。視線の意味にも、その先で本当に求めている穢い部分にも。総て理解っていて、それでも魔理沙のことを受け入れたいと願ってくれていたのだ。
 心が見透かされてしまうことは仕方が無いことのように思えた。目の前に居る彼女の総てが愛しかった。開けられた絹のような肌にも、そればかりか泣き顔にさえ愛しく思うのだ。嗚呼、私は――こんなにも霊夢を愛している。
 もう恐れるようなものなんて何も無い気がした。躊躇うことでも傷つけてしまうのなら……躊躇いなんてきっと捨ててしまうほうがいいに違いない。自分の気持ちを偽っても霊夢を傷つけることを止められはしないのなら、せめて自分の心に嘘偽り無いものをぶつけた上で、そうして傷つけてしまうほうが遥かにいいように思えたからだ。
 それでも、まだほんの少しだけ臆病心が残っている魔理沙は、試しに指先をそっと霊夢の肌に這わせてみた。襟元からそっと腕を差し入れて、つつっと柔らかく霊夢の背中の肌を撫でる。ピクンと僅かに反応した霊夢は、けれど何ひとつ抗うことをせずに、すぐに魔理沙の指先を受け入れた。
「もう、戻れないかもしれない、ぜ?」
 一応の最後の確認。霊夢が、否定するわけがない。
「戻りたいなんて、思わない。それに――責任は、取ってくれるんでしょう?」
「――応っ」
 責任なんて、ご立派な形で取れるかなんて、本当はわからない。
 それでも……やっぱり私は霊夢のことを、もうどうしようもないぐらいに、愛してしまっているのだから。


   *


 ゴオッ、という風鳴り声が外から聞こえてくる。ガタガタと五月蝿い雨戸の外を覗かなくても、外の吹雪がより酷い模様になっていることが手に取るように判る。外は吹雪、中には覚悟を決めた者が二人。もう逃げ場なんてある筈が無い。
 そんな外の五月蝿さとは対照的に、部屋の中はどんなにも静寂で溢れていた。
(……気まずい)
 目の前で布団を広げる霊夢を前に、ただ眺めながら立ち佇んで。魔理沙が一言も声を掛けないように、霊夢も一言も言葉を発さなかった。
 褥の準備が出来上がると、霊夢がただ何も言わずに目で促してきた。魔理沙もまたそれに習って、何も言わずにただコクンと頷く。
 霊夢の傍にまで寄る。目の前に霊夢の顔がある。ただそれだけのことなのに、さっきそれと同じぐらいの距離で霊夢と向かい合ったときよりも遥かに大きい恥ずかしさが魔理沙を怒涛のように責め立てた。これから何をするのかという漠とした決意、それが尋常でないほどに二人の顔を紅に染めてやまない。
「わ、私、どうすればいいのか、あんまりよくわかんないんだけど」
「ほ、本の知識しかないから、正直、私にもよくわかんない、ぜ」
「う、うん。頼りにしてる……」
「……なんだよそれ。しおらしいお前なんて、お前らしく無いぜ」
「なっ、なによそれはっ。私はいつも、こうじゃないのっ!」
「ああ、そうだな。口が悪いほうが霊夢らしい」
「むあー!!」
 声を荒げる霊夢。からかう様に笑う魔理沙。
 けれどそんないつも二人のような巫山戯言葉も、長くは続かない。続けられない。うわべだけいつものような関係を繕ってみても、そんな声はすぐに深い雪に吸い込まれてしまう。
 悪態を付いていられるのも行為の直前までだった。漠然とした知識しかない二人でも、まず何をしなければいけないかぐらいはわかる。相手の裸を見ることができること。自分の裸を相手に見られること。それを直前にした気恥ずかしさから来るカラ元気みたいなものが、長続きするわけない。
 言葉が取り払われると、後に残るのは吹雪の喧騒と、静寂の中だからこそどうしても深く感じられてしまう、ドキドキした胸の高鳴りだけになってしまう。
「……いいか?」
 先に沈黙を破ったのは魔理沙のほうで、霊夢はそれに小さく、けれどはっきりとコクンと頷いた。
 風と雨戸と梢が鳴らす音。けれどその喧騒も、家の中にいる二人には遠い。部屋の中でただ二人、魔理沙と霊夢だけはどんなにも深い静寂の中にいる。魔理沙が意を決して霊夢の服に手を掛ける。
 初めに袖が取り払われる。全体的な和装の印象とは違って、意外にも袖を取ってしまうだけでほとんど洋装と変わらなくなってしまう霊夢の服は、脱がせるためにさして苦労を伴わなかった。
「……なんか、すっごく恥ずかしいんですけど」
 霊夢の顔がより深い紅に染まるのも無理は無いように思えた。魔理沙の目の前にある、晒し木綿とドロワーズだけの格好。それは奇妙……というよりも、なんだか霊夢らしくて魔理沙には愛らしかった。
「……なんでそこで笑うのよ」
「いや、悪ぃ悪ぃ」
 悪いと誤りながらも、ククッと小さな笑いが止められない。少しだけこっけいな姿の霊夢が、どうしても魔理沙には可愛く思えて仕方が無かったからだ。
「ま、魔理沙も脱ぎなさいよ!!」
「面白いから、先に霊夢を全部脱がしてしまうことにした」
「む、むあー!!」
 一頻り笑って、そうしてすぐに静寂が戻ってきて。霊夢のサラシに魔理沙の指先が掛かる。
 しかし、解き方が判らない。適当にやれば解けるだろうと緩めようとしてみても、ギチッと固く締められた晒し木綿はビクともしない。
「……ここ。ここの折込を、引っ張って解けばいいから」
 霊夢が魔理沙の手を取って導いてくれる。霊夢に指示されたとおりに折り込まれている部分のサラシを引っ張る――が、ビクともしない。殆ど力任せに引っ張ろうとして、ようやくするっと木綿の端が取れて、一気に巻きつけている全体が緩くなった間隔がした。
「なんでこんなにキツく巻く必要があるんだ?」
「サラシはこういう物なの。キツく結んでおかないと、すぐに解けてきちゃうのよ」
「……解けるほどの胸なんてあったか?」
「むあー!!」
 端っこが解かれると、当たり前だけど後は簡単だった。順を追ってするするとサラシはいとも容易く解けていくけれど、意外なぐらいに木綿は長かったせいで時間だけは掛かった。サラシで締めていた部分には胸にも背中にもキッチリ痕が付いていて、それがいかにキツく巻かれていたかを改めて魔理沙に思い知らしめた。
「――そこでなんで、私の胸を見て俯く」
「いや、別に……」
「私の胸が無いことぐらい、わかってた事でしょ!」
「いや、そうじゃなくて……意外と、私より大きいことに、軽くショックを……」
 サラシの下から現れた、小振りだけど綺麗に整った霊夢の胸。それはいつもサラシを巻いていてそうは見えていなかったせいか、霊夢よりは胸があると思い込んでいた魔理沙の軽い自尊心を一瞬でぶち壊しにした。胸の大きい人間から見れば些細な差かもしれないが、小さい者同士なら見た目はっきりとわかるレベルでの差。
「あとで、魔理沙を脱がせる楽しみがひとつ増えたわ」
「くそう、さすがにちょっと悔しいぜ……」
 そう呟いてから、魔理沙は霊夢の胸の紅の突起に、僅かに唇を寄せた。
 形が整っていて綺麗なだけに、サラシの痕を見ると痛々しくて辛かった。本人にしてみれば日常の当たり前のことなのかもしれないが。
「……そういうのは、魔理沙も脱いでからにしなさいよ」
「あ、ああ、そうだな」
 霊夢に促されて唇を離す。霊夢が身に纏っているもの、それは頭のリボンと靴下を除いてもうたったひとつしかない。今から脱がせるそこに視線を向ける、それだけで魔理沙のほうまで耳まで真っ赤になりそうなぐらいに恥ずかしかった。
 サラシと違ってドロワーズは当たり前だけど脱がせるのは簡単で。両手で優しく引っ張って、ずるずるとゆっくり脱がせていく。足のつまさきからもそれを脱ぎとって、端に避けた。
 生まれた儘の姿の霊夢が、魔理沙の目の前にあった。
「はあっ……」
 最後のドロワーズに護られていた場所に、つつっと軽く指先を這わせる。それだけで霊夢の口から熱っぽい吐息が漏れた。
「湿ってる」
「――――!!」
 ゴッ、と鈍い音が鳴る。頬に霊夢の拳が軽く叩き込まれた音だったけれど、全面的にこっちが悪いのは明らかなので魔理沙は何も仕返さなかった。

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 柔らかな感触が、魔理沙の唇を塞いだ。
 瞬間、何をされたのか理解できなかった魔理沙はただ目を閉じて狸寝入りを続けていたが、そのことを理解すると驚きの余りに慌てて瞳を見開いた。
 瞳を開いて再度驚く。視界が開けた先、ごくごく僅かな距離に霊夢の顔があったからだ。
 霊夢の唇と自分の唇とが、リアルな感触を伴いながら確かな距離で繋がっていた。――身動きが取れなかった。息さえできはしない。瞳だけを見開いた魔理沙は、まるでそれがマナーであるかと言わんばかりに柔らかに瞳を閉じた霊夢の顔を見続けることしかできなかった。
(――ああ、睫毛、長いんだな)
 頭の中ではそんなことを考えていた。あまりの事態に、思考さえ追いつけてはいなかったからだ。
 ごくっ、と魔理沙の喉が鳴った。それに気づいたのか、霊夢はおもむろに魔理沙の元から唇を離し、同様にゆっくりと瞳を開いた。顔と顔とが離れても、それでもまだ僅かな距離の先に霊夢の顔がある。その瞳に見つめられると何故だか自分の側こそがやましい気持ちになって、慌てて魔理沙は霊夢から視線を逸らした。
「……やっぱり、起きていたのね」
 なんでもないように霊夢がそう口にする。
 起きていると理解っていながら、どうして。一瞬、それが何かの悪戯なのかと魔理沙は思う。だけどこんなこと、冗談でできることではない。
「なんで、こんな」
「――ごめんなさい」
 訊こうとする魔理沙の言葉を、霊夢の言葉が遮った。魔理沙のように気まずさを伴ったやましさのようなものではなく、真摯に申し訳ない気持ちを帯びた震えるような声。そんな声色で謝られてしまっては、魔理沙にはもう二の句を継ぐことができなかった。
「……ごめんなさい」
 再度霊夢の口から放たれた言葉が、痛みとなって魔理沙の胸を拉いだ。
 全然構わないぜ、とか。全く問題ないぜ、とか。そうした言葉で霊夢に気にしないように言ってあげたかったが、それさえ魔理沙にはできなかった。――そうした気休めの言葉を掛けること自体が、魔理沙の中に嘘を生み出すことにしかならないからだ。

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 声が止められなくなる。
 普段なら絶対に上げたりしないような高い響きと、喉が締め付けられて発されるような圧倒的声量。こんな姿を、もし誰かに見られたら。こんな声を、もし誰かに聞かれたら。そんな恐怖が一瞬だけ霊夢の胸に沸き起こったけれど、すぐに懸念は払拭することができた。
 ――その理由は、雪。今なら、今だけならどんな幻想卿の住人さえも世界から閉ざし、私たちの姿を隠してくれる。この雪が、霊夢と魔理沙だけを総てから鎖してくれる。それに、冷たすぎる雪には音を吸収する魔力があるから。しんしんと、しんしんと降り積む雪に吸収されて、淫らに揺さ振られる儘に喘がされる霊夢の嬌声でさえ、きっと今だけは、誰にもいっかな届くことはない。幻想卿を覆いつくす眩しいばかりの雪白の中では、きっと僅かなノイズにしかならないのだから。

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「私、馬鹿だけど。馬鹿だけれど」
「……馬鹿だけれど、魔理沙がどんなに私のこと見ててくれたか知ってる。二人だけの時にも、みんなでお花見してる時だって。魔理沙はいつだって、私のことを見ててくれたし、気に掛けてくれた。……魔理沙は心配性だから、始めの頃はそれが本当にただの心配なんだと思っていたけれど、でも。――私、馬鹿だけど、魔理沙が、私に寄せてくれてる気持ちに気づかないほどまで、鈍感じゃない。魔理沙が、私に、向けてくれてる、視線の意味に、気づけないほど、馬鹿じゃないからっ……」
 最後のほうは殆ど声が声になってない。喉を詰らせながら吐くそんな霊夢の訴えに、幸福感よりも罪の意識が魔理沙の胸を貫いた。
 真摯な声は霊夢の言っていることが嘘を孕まないことを簡単に知らしめてしまう。それが理解るだけに、そんな風にまで言葉を吐かせている自分が、そこまで言わせてしまっている自分のことが、魔理沙には許せなかった。
(――莫迦は私のほうじゃないか)
 躰を求めてしまえば、傷つけてしまうかもしれない。恐怖感が魔理沙に杭を打ちつけていて、霊夢に対して何をすることも出来ずにいたけれど。なのに、魔理沙の目の前で霊夢が泣いているのは。傷つけるのを恐れて躊躇っていたはずなのに、躊躇いが霊夢を傷つけているだなんて。
 心が見透かされてしまうことは仕方が無いことのように思えた。目の前に居る彼女の総てが愛しかった。開けられた絹のような肌も、そればかりか泣き顔さえ愛しく思えるのだ。ああ、私は――こんなにも霊夢を愛している。
 魔理沙にはもう恐れるものなんて何も無かった。躊躇うことでも傷つけてしまうのなら、躊躇いなど捨ててしまったほうがいい。自分の気持ちに嘘を付いていても霊夢を傷つけることを止められはしないのなら、せめて自分の心に嘘偽り無いものをぶつけた上で、そうして傷つけてしまったほうが遥かにいいように思えたからだ。
 魔理沙の指先が霊夢に触れる。ピクンと僅かに反応した霊夢は、けれどすぐに魔理沙の指先を受け入れた。
「もう、戻れないかもしれない、ぜ?」
 一応の最後の確認。霊夢が、否定するわけがない。
「戻りたいなんて、思わない。それに――責任は、取ってくれるんでしょう?」
「――応っ」

 

 


 

 

■ 06/03/08[旧mixi] 志祐(麒) 志摩子×祐麒(マリア様がみてる)

 

 

 多くの雑誌や書籍が示す通りに、得てして女性の躰に行為が及ぶ際には前戯というものが必要だとするのなら、おそらく志摩子の躰の裡には十二分にそれができあがっているようにも思えた。
 僅かに数日。たったそれだけの間に、幾度想いを馳せたことだろう。ひとたび心が暴走の余りに彷徨い始めてしまうと、志摩子にはもうどうすることもできなかった。
 ふと気づけば、祐麒さんのことだけに占められてしまっている自分がいた。授業中にも休み時間にも、薔薇の館に身を寄せている時間の端にさえ、遠くない花寺の敷地に、祐麒さんが居らっしゃるのかと考えてしまう。家に帰ってもそれは一緒のことで、食事中にも湯浴みの際にも。――とりわけいざ夜も更けて瞳を閉じてしまうと、溢れすぎた想いは悲しすぎるほどリアルな幻影になって志摩子の幾重にも苛んだ。
(――祐麒さんに、どう思われただろうか)
 心の痺れが止まない時間が続いた。――けれどその心配や悲しみに心を痛め続けた時間さえ、今は総て無駄だったのだと信じてしまってもいいのだと、志摩子にもはっきりと理解することができた。
 肌寒い部屋の中で、より近い距離からの吐息がなおさら熱いものに感じられる。殆ど半裸の志摩子の肌に始めて触れてきた祐麒さんの指先はとても冷たくて、一瞬だけ志摩子はそれに身動ぎしてしまう。
「――怖い?」
 心配そうに顔を覗き込んできて、そう訊いた彼に志摩子はふるふると首を振って否定した。
 怖いわけではない。ただ少し驚いてしまっただけだ。彼の指先が、思いのほか冷たかったから。
 手が冷たい人ほど心は温かいという。そんなことをふと思い出して、志摩子は簡単に納得してしまった。祐麒さんの指先があんなに冷たい理由も、それを驚くほどに強く感じ取ってしまう志摩子自身の体温の高さも、たったそれだけで十分に説明がいく気がしたからだ。
 そんな肌を刺す柔らかな痛みさえ、けれどすぐに気にならなくなるのだろうか。そう思うと、志摩子にはそれが少しだけ惜しいようにも思えてしまうから不思議だ。
「……いい?」
 恥ずかしそうな視線に重ねて、志摩子はただ頷く。
 私には、いつでも彼を受け入れることができる。その気持ちだけは、きっと世界の誰にも負けない自信があった。

 

 


 

 

■ 05/11/29[旧blog] 祐麒×祐巳。 祐麒×祐巳(マリア様がみてる)

 

 

 言い訳ばかりが自分の為に塗り重ねられていくのを、祐巳を愛したばかりにほとんどゼロの距離で見てしまうことになっても、不思議と祐麒の胸は痛まなかった。そのことによって、安堵の息すらついていたかもしれない。

 祐巳が埋めようとする拙い嘘が、けれど言い訳としていつまでも的確に嵌まることが無いのを見て。祐巳自身もそれに気づいているのに、それでも嘘を重ねずにはいられない。どれだけ追い詰められても祐巳は嘘を認めることが無いのだろう、祐麒が赤面するほどの、自分に向けられた偽りのないものがあるから。

 愛は無償こそが尊いのだろう。少なくとも、祐麒が今までに読んできた本はいつだってそう言ってきた。けれど、どうだろう。自分への愛欲なんかの為に、どんなにも拙く、滑稽な姿を晒すことを厭わないでいる姉の姿を確かめることが、こんなにも心に響くものだと、どうして。

 見返りの無い愛なんて、きっと信じられない。馬鹿みたいにたくさんの感情を、大事なものも貴重なものも全部ひっくるめて費やせる。祐麒はそれを、祐巳のためなら本当に簡単にすることができた。だって、姉も本当に馬鹿みたいに、同じだけのものを祐麒に費やしてくれるのだから。

 自分の為に、苦しむ姉も、悲しむ姉も、喪失する姉の姿も、総てが祐麒の瞳には歓喜に映るのだから。

 祐巳の肌に触れる。よく似た姉弟だと言われる祐麒と祐巳だったけれど、触れ始めた肌の質感からまるきり別の固体だった。自分のように無骨ではなく、自分のように無機物ではない。まるで触れ合わせること、感触を確かめ合うことだけに特化されたような艶かしさが、既に酔いに似た心地で祐麒を狂気に侵しはじめている。

「はあ……っ」

 祐麒が肌に触れると息が漏れて、指を離すと止まった。少し触れてしまっただけで官能の魅惑が祐麒を虜にしそうになるのに、自分は最後までちゃんとできるのだろうか。――そんな男としてあまりにも情け無い考えが頭に一瞬浮かんで、そんなことを考えてしまった自分にさらに嫌気を覚えた。

 祐麒がそんな雑念に捕らわれていると、今度は祐巳のほうから祐麒に触れてきた。祐巳の指先のいくつかが祐麒の胸板に触れてくる。

「そんなに、上手くやろうと、しないで」

 こんな土壇場で、けれど余裕をいちばん失っているのは祐麒のほうだった。姉も指先の震えから始まる緊張や、頬に刺す紅は止められないらしかったが、それでも祐麒よりは何倍も冷静を保っていた。

 情けなさが祐麒の心を拉いだが、こんな自分を好きだといってくれる祐巳にだから、格好悪い自分でもいいのだと割り切ることができた。

「……いい?」

 触れる許可を求めて、それに祐巳が頷く。赦されてしまえば、堆積した欲望の澱が祐麒の性を突き刺してくる。止められない自分が無茶や乱暴を伴って祐巳の肢体を伏せようと猛る。けれど祐巳はそれさえも確かな形で受け入れようとしてくるから、だから祐麒にはそもそも自分を理性や背徳感を理由に押し止めようとすること自体が必要では無くなった。

 

 


 

 

■ 05/11/26[旧blog] 祐麒×祐巳。 祐麒×祐巳(マリア様がみてる)

 

 

きっと、私達の欲求は必要以上に結ばれたいと言う思いでは無く、元々そうであった私達と言うひとつの固体に生まれ戻りたいという欲求のそれに近い。

別々の固体に生まれ落ちたこと自体が誤っていたのかもしれない。そう思う傍らでは、しかしいつも別々に生まれてよかったと言う安堵の溜息を伴っている。私達は本来ひとつであるべきだった。けれど別々に生まれ落ちたからこそ――こうして別々に体温を持って、お互いの意思と意思とで相手から相手の自由を奪い、心までもを侵し尽くす自由を得ることができた。もし「ひとつ」として生まれていたなら決して叶わなかったこと。

帰結したいという欲求にも果てが無い。別々に生まれたのだから当たり前で、だから私達は果てなく相手のことを求め合うことができる。躰を幾度交し合い、どれだけ深く濃密な時間を過ごしあっても心の渇望は止むことを知らない。

愛はいつか冷める物かもしれない。だとしたら私達の感情は愛じゃない。そんな陳腐で安っぽい感情と、同一になんてして欲しくない。

 

 


 

 

■ 05/11/23[旧blog] (無題) 乃梨子(マリア様がみてる)

 

 

 じめじめした長雨の降りしきる日と、雲が強い風に吹かれてとても速く流れていく日とが交互に続いて、すぐに季節は秋を通り過ぎた。紅葉が街中からすっかり姿を消して、夕日に焼けていく空を見つめている猶予もなく夜の帳が降りきってしまうようになって。コートを羽織っていても肌寒さを覚えるようになると、カレンダーを見つめて今年の残された数字を数えるようになるのさえすぐのことだった。

 ――想いが折られることは辛い。それが心の深い場所から真実希ったものであればなおさら。

 倖せな自分の姿を見つめ直すたびに、すぐに訪れてくる喪失に身構えそうになる心に乃梨子は戸惑いさえ覚えてくる。倖せになることに慣れていない――きっとすぐに倖せな日々が過ぎて、悲しい未来ばかりを想う日々が訪れるに違いない――確信めいて不幸な未来予想図を頭の中に描き続けなければ、浮き足立ってくる自分をどうにも止められる自信がもう残されてはいなかったから。

 

 


 

 

■ 04/11/21[旧blog] (無題) 志摩子×乃梨子(マリア様がみてる)

 

 

 絡み合うキモチの答えは出ることは無い。強いて言うなら、この複雑なまでに絡み合った感情や衝動の糸の総てを、キモチの答えそのものだとも言うことができるのだろう。
 それは幾度と無く考えてきた疑問。私はどうしたいのか、どうなりたいのか。手を差し出して求める自信も無ければ、何かを求められることを待つ勇気もない。――だからといって、こんなあやふやな状況を続けていたいというわけではもちろん無いのに。
「あ……」
 くちづけ。乃梨子の温かい唇は、みるみるうちに冷たく冷え切った志摩子を唇から全身に、指先の末端にまで熱を浸透させていく。かあっと熱くなる頭、溶けていく思考。それは、いつものパターン。
 結局私は乃梨子との関係に答えを出すことは無い。私と乃梨子という二つの値だけが並ぶ、とても簡単な数式。なのに、その解はいつまでも出されることが無い。私が、それを求めていないから。
 私は乃梨子をどうしたいのか。乃梨子とどうなりたいのか。それをはっきりと自分の中で定めることなく、今日もまた乃梨子の触れてくるひとつひとつの熱によって志摩子の理性は溶けていく。
 考えなければいけない、と思っているのに、考えられなくなっていく。やがては、考える必要さえなくなる。
 大切なことなのに。乃梨子が触れてくることで志摩子の中に溢れてくる一時的な衝動は、そんな志摩子をあざ笑うかのように自由を奪い取るのだ。

 

 


 

 

■ 04/07/22[旧blog] (無題) 乃梨子・蔦子(マリア様がみてる)

 

 

 つのる想いに背をつつかれて、乃梨子の感情からは熱を奪えない。求めてしまえと囁く右手と、失うことに怯える左手。彼女に這わす想いの丈を認めたくないように、まだその感情を恋や愛という言葉で纏めてしまいたくは無かった。

「言葉にしなければ伝わらない思いもあるよ」

 と蔦子さまが言った。

「言葉にしてしまえば、嘘になる思いもあります」

 と、私は反論してみせる。

 それは事実かもしれないけれど、きっと詭弁だ。わたしはただ、恐れているだけなのだろう。お姉さまの手に今まで以上に触れられることを望んでいるけれど、その手を失えば生きてはいけないという冷たい恐怖。踏み出すことが無ければ、今まで以上に遠ざかることもない。

 それに、はたして私にこの気持ちを上手く言葉に纏めることができるだろうか。

 乃梨子の中で言葉に整理できない感情が渦巻いている。お姉さまが好きだと胸を張っていえるけれど、その理由を問われたらきっと答えられない。ひとつひとつお姉さまと触れ合う時間のそばで、「お姉さまのこんなところ、好きだなあ」と思わされることがことがある。それは、お姉さまを好きなことの理由のひとつかもしれない。けれどそれは、好きになってしまったときに抱いていた理由ではない。

「少しでも、想いの丈を深く伝えるには、どうしたら良いでしょうか」

「……難しい問題だなァ」

 聞いた乃梨子に、蔦子さまが唸ってみせた。

「言葉を増やせば想いの量を少しでも伝えることができるかもしれない。けれど、言葉を増やすほどに想いが持つ真実の言葉からは、どんどん離れていく気がするよ」

「……それに私には、文才もありませんし」

「あったって一緒だと思うよ。言葉で飾っても虚飾が上塗りされていくだけ。きっとペンキで塗りたくられた想いは、相手の目に止まることも無ければ、満足に息をすることだってできない」

「では、簡潔な言葉で纏めろと?」

「潔く纏められた言葉はより真実に近いかもしれないけれど、それで100%の理解を相手に求めるのは酷な話だよ。ひとつひとつの言葉は意味を持っていて、けれど乃梨子さんが抱くひとつひとつの想いも意味を持っていて、それは元々どちらも関わらずに生まれてきたものなのに、はたしてそれぞれが持つ意味を都合よく一致させている筈が無いから。短く纏められた想いは、あまりにも本人だけの都合解釈でしか理解できうるものではないから」

「……」

 結局、どうしろと。

「……きっと愛するという想いは、ひとつの生物として細胞同士が引かれあって合わさりたいという願望なのかもしれないね。手を繋いだり躰を重ねたりして共有できる想いはあっても、それは思いの丈の総てからすればきっと僅かな領域だから。本当に総ての想いを共有したいと願うなら、本当にふたりでひとつの存在に繋がりあうしかないんだと思う」

「けれど、そんなことはもちろん無理です」

「だから半端な形だけで想いを伝えるしかないんだと思うよ。嘘を含んだり、足りなかったりしても、それを伝え重ねればいつか100%に近づけるかもしれない。だから、想いを伝えたり、伝えられたりする欲求は、お互いに恋人の関係を認められたり、千の夜で躰を重ねてもまだ足りないんだ。それはきっと、一生掛けて積み上げていくしかない」

 

 


 

 

■ 04/03/16[旧blog] 由乃・可南子。 由乃・可南子(マリア様がみてる)

 

 

「私が求めないと、可南子は応えてくれない。いつも笑顔でいてくれるけれど、手を差し伸べてはくれない。私はいつだって可南子の温もりを感じていたいのに、なんだか私だけ気持ちが先走っていて、どうしようもなく空回りしちゃってるみたいだよ……」
 ああ、よくワカラナイこと言ってるね、私。
 何かを上手く説明するのって難しい。特にそれが愛とか恋だとかの、曖昧な形でしか捉えられない感情の類であるならなおさらだ。
「私には、可南子の気持ちが、ちっともわからない」
 由乃は由乃なりに、どうしてここまでも可南子に心を捕われてしまうのか、という理由付けをしている。もちろん、理由がつけられる感情だけで可南子を好きになったわけじゃない。そうじゃなきゃ、あんなことできない。
 だけど、……由乃には可南子がどうして私を好きでいてくれるのか、それが全くわからないでいた。
 可南子がかつて愛してやまなかった祐巳が持っている魅力の一片さえ、どう美化しても存在していないと思う。こういうことを自分で考えるものじゃないのかもしれないけれど、由乃自身、自分には自分なりの魅力があるのだと思う。例えば令は、きっとそんな私を好きでいてくれているのだと信じられる。
 でもそれは、やっぱり祐巳のそれとは決して同じ色を共有していないに違いないから。
 だから、由乃はずっと前から、その疑問を可南子に聞きたくて仕方がなかったのだ。
 冷えた空気の中に、すこし長い沈黙が訪れる。
 直接的に疑問をぶつけた由乃の気迫に気圧されたのか、可南子は一瞬たじろいだ。そのあと真剣に考えるそぶりをして一瞬のあと、やがて由乃に向き直る。
「好き、と言われたから、好き、になってしまった。それじゃ、理由として不足ですか?」
 なんの躊躇いも無く可南子がそれを口にするものだから、今度しりごみさせられるのは由乃のほうだった。
「理由なんて……求められても、答えられません」
 ツカツカと、その数メートルの境界線さえ、僅かな歩数で簡単に追い詰めてしまう。二人の制服がこすれあう、渇いた衣擦れの音が聞こえる。思わず詰め寄られてのけぞった由乃の額に、屈んだ可南子の唇がくっつけられる。
「ただ、きっかけだけははっきりとしています。お姉さまが、私に、好き、と言ってくれたから」