■ 第4章−「I'm here」
  
  
「あっ……」
     思わず瞳子は声を漏らしてしまう。
     外の空気は最近になるともう冷たいから。暖房で暖められた祐巳さまの部屋にあっても、未だに外の冷たさが残る祐巳さまの指先が瞳子の唇の端に触れてくるそれに、瞳子は敏感に反応してしまう。躰を思わずの仰け反らせてしまったから、いまにも顔を近づけつつあった祐巳さまのほうもそんな瞳子に驚いてしまって、それを躊躇っている様子だった。
     祐巳さまは瞳子に「いい?」と尋ねてきた。瞳子はもちろんそれを快諾するけど、もともとキスひとつさえ自由にできないぐらいにガチガチに瞳子が緊張していることは、きっと祐巳さまの負担になってしまっているのだろうと思う。
     だから瞳子は「私はなにも拒否したりしませんから」と、先に祐巳さまに宣言しておいた。キスだけで終わらせたいわけではないのだろうし、そんなツマラナイこと、瞳子だって望んでない。「だから、どうぞ祐巳さまの好きになさって下さい」と瞳子は続けた。
     ぶっきらぼうにしかそれを口にすることができなかった瞳子に、祐巳さまは小さく笑ってみせる。そうしたあとに、ゆっくりと祐巳さまは唇を重ねてきた。ゆうに十秒以上は続くような長いキス。
    「私たち、エッチするところ処まで、来ちゃったんだね……」
     祐巳さまのそのセリフが、恥ずかしい現状を瞳子に再確認させた。そう思うと、再びいままで以上に瞳子の躰は火照りを覚えてくる。熱中症の最中にあるみたいに、思考感覚までもがあやふやに溶けていく。
     もう考える必要なんてなかった。瞳子はただ、祐巳さまに身を任せるだけでいい。
    「はあっ……!」
     祐巳さまが瞳子の首筋に舌を這わせる。猫のように祐巳さまは舌先でつつくように瞳子の首筋から喉、顎の下、頬、目元にまで達してくる。舌のざらざした触感がくすぐったいやら恥ずかしいやら、不思議な感情の昂ぶりを瞳子に覚えさせてきて、瞳子は息を止めてそれに必死に耐えていたのだけれど、それでもものの十数秒ぐらいで簡単に屈してしまう。
     そうしながら、祐巳さまは腰の部分から手を入れてきて、瞳子の腹部から徐々にそれを上に上に這わせていく。ブラジャーの上から突ついてみたり、軽く揉みしだいてみたりする。
     その感覚は、瞳子にだって初めてのものではなかったはずなのに。いままでだって何度にも自分で自分自身の躰を慰めたことはある。それは意識していない頃からも、祐巳さまと触れ合う時間を多く持ち始めてからは、幾度となく繰り返してきた行為。それなのにいま瞳子の中で上り詰めていく感覚は、いままで確かに感じたことのない初めての感覚。
    「ああっ、ふあっ……」
     だからそれには、いままで自分に毎日のように課してきた中毒的な同等行為によって身についた免疫力は、果たしてまったく効果を為してはこないみたいで。無垢にして、まるで初めてそこに触れるかのような女性特有の熱くて甘い疼きだけ、祐巳さまが触れてきたところ全てに、じんじんと後を引いている。
     声を押し留めることができない。なにひとつ抵抗することもできない、ただ祐巳さまの指先に翻弄されるだけの人形のような感覚。
     それ自体は、瞳子にとってはあるいは耐えがたいものかもしれない。常にリードを保ち、優位に立ち続けていなければ、他人と接することができない自分を瞳子は理解している。なのにどうだろう、いまの瞳子は祐巳さまの思うままに支配され、遊ばれるだけの玩具でしかない。
     なのに不思議とそれが嫌でないのは……やはり相手が祐巳さまだからなのだろう。
     そんなことを考えているうちに、祐巳さまの舌先と指先とが奏でてくる愛撫に耐え切れなくなった瞳子は、そのままふたりで腰掛けていた祐巳さまのベッドに押し倒されてしまう。
    「制服……脱がないと、皺になっちゃうね」
    「……そうですね」
     祐巳さまの顔が、決して豊かとはいえない瞳子の乳房の上に、制服越しに押しつけられている。
     倒れたことで愛撫が一時的にストップして、ようやく思考だけは冷静に戻ってきた瞳子は、あらためて自分の体の火照りを意識せざるを得なくなった。暖房は決してそんなに強く入れているわけではないのに、長距離走の最中にあるかのように、全身が熱気を帯び、汗が吹きだしている。これでは皺になるとか以前にも、制服を着たままなのは良くないかもしれない。
    「瞳子ちゃんの裸、見たい……」
     祐巳さまが瞳子の耳元まで顔を近づけて「脱いで」と静かに囁いた。……どうしてしまったのだろう。普段はあんなに祐巳さまに強気に接しているはずの自分なのに、いまはこの祐巳さまの言葉に逆らうことができないでいる。瞳子はただ「はい……」と、祐巳さまの言葉のままに従う。
     まだ躰が熱く疼いている。早く続きをして貰いたいと強請っている。その感覚を必死に押し留めながら、瞳子はできるだけ冷静に服を脱ごうとする。脱いだ制服を静かに畳み、ブラジャーに手を書けたところでその動きが止まる。
     だけどその停止もわずかな時間だけ。瞳子の躰は触れてきた祐巳さまの手を覚えている。ブラジャー越しではない、直に触れてほしいという願望。その意識に突き動かされるまま、今度は無造作にそれを放った。
     そのままの勢いでショーツを脱ぎ下ろすと……いや、見るまでもなく感覚でわかっていたのだけれど、やはり濡れてしまっている白い布地が露にされる。行為の後にこの下着をもう一度は穿くことになるのだろうけれど、それを思うとすこしだけ不快な気にもなってしまう。
     一糸纏わぬ姿になった瞳子の目の前に祐巳さまの顔がある。瞳子は恥ずかしさで慌てて自分の全身を手で覆い隠そうとしたけれども、祐巳さまが「見・せ・て」と命令してくるそれに、逆らうことなんてできなかった。
     小さい胸。薄く繁る秘所。絡みつくように突き刺さる祐巳さまの視線と、瞳子の奥から滲んだ液が発する女の匂いと。恥ずかしさで死んでしまいたい――瞳子は一瞬、本気でそう思った。
     祐巳さまの舌が、今度は乳房の先端に触れる。そうしながら、今度は指先は瞳子の最も敏感な場所に触れてくる。もう瞳子はその刺激に敵うこともなく、すぐに立っていることもできなくなる。
     ふたりでベッドに横になる。瞳子が下に仰向けになって、祐巳さまがそれに覆い被さる姿勢。左手で乳房が玩ばれ、右手はやはり瞳子の蕾を敏感に刺激してくる。
     祐巳さまの両手は瞳子の躰を愛撫してくるから、支えのない祐巳さまの全体重はそのまま躰ごと瞳子に預けられてくる。だからといって別に重かったり辛かったりするだけではない。祐巳さまの躰はとても軽くて、逆に全体重を預けられることで温もりを感じられるのが嬉しいぐらいだ。
     ただ、祐巳さまはまだ制服を脱いでいないから。喘ぎ叫ぶ瞳子の声の他に、瞳子や祐巳さまが行為の中で激しく動くたび、ふたりの躰の間で擦れ動くきぬ衣ず摺れの音が部屋の中に大きく響いている。
    「祐巳さまも脱がないと、皺になっちゃいます……」
     息を切らせながら、瞳子は必死にそう祐巳さまに言ってみせたのだけれど、祐巳さまは行為を止める様子もなく、むしろより一層瞳子への刺激を高めていく。瞳子はもう、狂ったように声を上げるだけだ。
    「私はいいの。どうせこれクリーニングに出すから」
    「はあっ! そんなの卑怯で……っ!」
     瞳子に抗議の声を最後まで上げさせないほどの祐巳さまの激しい責めは、どんどん瞳子の意識を未知の高みに上り詰めさせていく。
     白く霞んでいく意識の中で、瞳子はいつしか夢にみた幸せな風景を思い出す。
     それは目覚めた朝にはもう覚えていなかった夢の記憶だったけれど、いまようやくそれを思い出せた気がする。
     瞳子が夢の中で願った、幸せな未来。その景色の中には、祐巳さまと瞳子、そして可南子さんと、祥子さまもいらっしゃった気がする。
*
「ただいまー」
     開かれたドアが閉じる音と、空気の開閉で風が部屋のドアに吹きつける音がした。声の主はまだあまりお会いしたことがないから確かな記憶ではないけど、たぶん祐巳さまの弟である祐麒さんだろう。足音はどんどん瞳子の近くまでやってきて、やがて隣室のドアの開閉音と共に止まった。
     祐麒さんが帰ってくる一分ぐらい前まで、愛の営みは続いていたから。いまでもまだ瞳子の躰には、疲労感と一緒に、性のもたらす甘い痺れの感覚が残っている。
     祐巳さまもまた疲れたのか、瞳子の隣で横になっている。眠ってはいない様子だけれど、ふたりともなにも喋ろうとはしない。なんだか暫く、ただこのまま寄り添って居たい感覚。瞳子の中にあるその感覚を祐巳さまも感じていらっしゃるのだと、自惚れてしまっても構わないだろうか。
    「祐巳さま……」
    「うん……?」
     瞳子が声をかけると、まるで夢見心地の中にあるように、惚けた返事を祐巳さまが返した。
    「祐巳さまは、私のこと好きですか?」
    「うん、瞳子ちゃんのこと、大好きだよ……」
    「では、可南子さんや、祥子さまは?」
     そう問うと、祐巳さまはすこしだけ口篭もってみせた。たぶん瞳子の手前だから、それを口にしてしまっても良いものか迷っていらっしゃるのだろう。だけど祐巳さまは、やがて観念したかのように「好きだよ……」と言ってみせた。
     嘘だとしても、瞳子のことだけを好きだと言って欲しかった。そんな気持ちも少なからずあったから、すこし瞳子はそう言われたのが残念に思えてしまう。けれども、祐巳さまはそんなに器用に嘘をつくことなんてできない人だし、瞳子もまたそんな祐巳さまを愛してしまったのだから、それは仕方のないことだろう。
     こうして瞳子を抱かれたことで、きっともっと祐巳さまは苦しむことになってしまうのだろう。可南子さんや祥子さまに対して、とても悲しくてつらい思いを抱えることになるのだろう。それは、瞳子の望むところではない。
    「祐巳さま」
    「うん?」
    「でしたら、瞳子に良い考えがあるのですが……」
     本当は祐巳さまを独占したい。
     ふたりだけで、いつまでも幸せな時間を過ごしていきたい。
     だけど、みんなで幸せになれる結末もあるのなら。
     やっぱり、そうありたいと、思うから。