■ 4.「安寧の栖」
天気のいい日には、遠くに紅色の大きな建物を見ることができる。そんな湖の畔に物好きな人間が住んでいたのは、もう随分と昔の話で。チルノとルーミアの二人が結託してその人間を駆逐してしまった今では、その家も人間の為のものとしてではなく、ただ二人の妖精と妖怪の為だけの住処になっていた。
日中でも絶えず闇と冷気を湛えるその家の付近に近寄る者なんて、人も妖怪も問わずそうそう居るものではなくて。チルノにしてもルーミアにしても、もともと住処を求めるために人間を追い出したわけではなくて、人間がそのまま居なくなってしまったのはちょっとした悪戯の結果でしかなかったのだけれど。こうして、いざ人間のように住処というものを手にしてみると、あまりの快適さに手放せないものになってしまった。
建物があれば風雨を避けることができる。いちど柔らかな寝床を準備してしまえば、いつもそれに包まって眠ることができたし、それに……建物の中に身を置いていれば、誰かに見られることを恐れる必要も無いのだった。
「ふぁ……」
舌を伝わり零れてきた熱い唾液を嚥下すると、チルノの喉からは意図せず溜息が零れ出てしまう。口吻けあう先、ルーミアの口内から齎される唾液はいつでも彼女の熱を纏い滾っているようで。こうしてキスを交わすだけで、まるでルーミアの熱に熔かされてしまうかのような錯覚をチルノはいつも覚えるのだった。
繋がった唇から行き交いする吐息もまた熱くて、こうした熱はまずチルノの頭のほうから蕩けさせていくかのようだった。熱に浮かされたようにぼんやりとしてくる思考、急速に力が入らなくなってしまっていく躰。ルーミアの与えてくれるキスは、それだけで簡単にチルノから抵抗の意思も余地も残さず奪い取ってしまう。
かつてルーミアと愛し合い始めたばかりの頃には、性的な行為に及ぶことがこんなにも簡単に自分の自由を奪ってしまうことに、軽い不安も覚えたものだけれど。今では――チルノ自身、そのことを(ありがたい)とも思っていた。
「ばんざい、して」
「うん……」
促してくるルーミアの言葉に、チルノは素直に頷いて答える。チルノから抵抗を奪う為にルーミアは行為の始めに必ずキスを与えてくれるけれど、それは同時にチルノにもこれから(愛してもらうのだ)という自覚を呼び起こさせる意味にも繋がっていた。
もともと無駄に矜持だけは強いチルノだから、初めてルーミアに愛してもらえたときなんて……本当に酷かったのを覚えている。ルーミアが掛けてくれる愛の言葉、愛撫の指先。どれひとつさえチルノには素直に受け入れることはできなくて。愛して欲しいと心の深い場所では切に願っているというのに、決してそれをルーミア打ち明けることはできなくて。
……ルーミアは優しいから、決してその事のことを口には出さないけれど。初めての逢瀬のときに散々に詰り責め、当たり散らしてしまった言葉の数々を、チルノは今でも後悔して止まなかった。
「ん、ぁ……ぅ……」
衣服を脱がされ、下着だけの姿になったチルノの下腹部に、甘い愛撫の指先が降る。今のあたしはそれを素直に受け入れることができるから、ただルーミアが与えてくれる快楽の儘に、切ない嬌声を上げることができる。
ルーミアに愛して貰えたのに、素直になれなかった忌まわしい思い出。思い出しても後悔しか抱けないほどの苦々しい思い出だけれど、そうした思い出があるからこそ、こうして素直に愛される喜びを感じることができる今の自分の姿が、チルノには堪らなく嬉しかった。
「……は、ぁっ」
熱を帯び始めたチルノの吐息が白く霞んで部屋の中へと溶けていく。柔肌の上で踊るルーミアの指先は、触れたチルノの躰に灼けるような熱の痼りを残していく。じわじわと肌に溶け拡がる熱は、えも言えない刺激となって躰の中に沁み入っていくみたいで、ルーミアが与えてくれる熱のひとつひとつに、ざわめき立つ感覚があった。
嫌な感覚ではない。ルーミアが与えてくれる愛撫は、湖に起こる静かなさざ波のような、小さな喜びようにチルノには感じられていた。ルーミアは惜しみなく小さな喜びをチルノの躰に与えてくれて、やがてそれがたくさん降り積んでいくと――その先に、小さな幸せに追い詰められていくような不思議な感覚があることを、今のチルノは幾度もの性の経験から既に学んでいた。
「ふぁあっ……! ぁ、んっ……は、ぁ……っ!」
抗えない幸せのあまりの感覚に、反射的に躰が身じろぎしてしまう。それでもルーミアはチルノの躰に指先を課すことを止めてはくれないし、少しも弱めてさえくれない。
じんわりとチルノの躰から沁みだしたもので塗れた下着の生地の上から、優しく苛むように与えられる愛撫。時に慈しむように繊細で、けれど時に容赦なくチルノの弱い部分をついばむ指先は、咬むようにチルノの躰に快楽の痕を残していく。
「チルノちゃん、可愛い……」
「や、ぁっ……ぁあ!! そん、な、つよ……ぃ、っ!!」
初めは擽ったいだけだった筈の感触も今は掻き消えていて、齎される感覚の総てにチルノは心も躰も揺さぶられる思いだった。ルーミアの愛撫は的確に快楽だけを刻み込んでくるみたいで、抗いようもなく躰を抉るその刺激に、チルノはただ躰を振り乱すことしかできない。
「や、やだぁ……! る、ルーミアちゃ、ぁんっ! 許し、てぇ……っ!」
心にせきたつものを、チルノは抑えることができなくなってしまう。
一際高い嬌声が無意識に自分の喉から発せられて、罅ぜた。あとから痛くて熱い快楽だけが、チルノの躰の深い場所をびくんびくんと幾度と無く走り抜けていく。
「……はぁ、っ……」
絶頂を迎えて、硬くなっていた躰が緩やかに弛緩していく。
躰を重ねてくれているルーミアがとても温かく、気持ちよくて。
チルノはゆっくりと、二人だけの安寧を保つこの家の温かさにも包まれながら、疲れの儘に誘われていく柔らかな眠りの中へと意識を委ねていった。