■ 10.「素敵な生活」

LastUpdate:2009/01/10 初出:YURI-sis

 冬がまだ残っていることを主張する、森の梢の騒めきが微かな音となって外から聞こえてくる。普段アリスが眠ろうとしたとき、あるいはそうでなくとも生活の片時に不意に耳へと届く梢の騒めきは、いつも不快な程の喧騒となって耳に届くのだけれど――今夜ばかりは、本当に微かにしか聴こえては来ない。
 アリスと同じベッドの上、手を伸ばせばすぐに抱きしめられるほどの傍で天子が漏らす息遣いの音や、ベッドに掛けたシーツに擦れる彼女の衣服の音のほうが余程確かなものとしてアリスの耳には届いてくる。まるで天子の存在だけが意識されていくに連れ、外の音はより希薄なものになっていくみたいだった。
 何も音だけではない。見慣れた部屋の風景も、暖房の炭の匂いも、今は意識して確かめようとしなければ感じることが出来ないほどに頼りない。聴覚に視覚、そして嗅覚。総てが天子を感じることだけに特化されていくみたいだった。

 

「……あ」

 

 アリスがそっと天子の頬に手を伸ばすと、小さな声が彼女の口元から揺れるように漏れた。
 見詰め合うほどに、心が熱くなる。彼女の頬に触れる手のひらから天子の熱を感じるほどに、彼女の存在だけが小さな世界の中でより濃密なものへと膨らんでいく。
 心が沸き立つように波打って、どうしても落ち着かない。感じられる天子の感触も体温もリアルに伝わってくるのに、まるで全部が嘘みたいに感じられてしまうのだから不思議だった。こういう感覚を、夢心地、と呼ぶのだろうか。

 

「脱がしてもいい?」
「ぁ、は……はい」

 

 どこか緊張したような声で応える天子。その気持ちが痛い程理解できるし、アリスも同じぐらいの緊張感に苛まれていたのだけれど……緊張のあまりに萎縮している天子を見ていると、少しだけ勇気を抱くことができる気がした。アリスも、天子も、どちらにとってもこれが初めての逢瀬で、緊張しないわけがないのだから。せめてアリスのほうから、少しでも天子の負担が減るようにリードしてあげたいと思えたからだ。
 少しずつ少しずつ、緊張に震える拙い指先ながら、天子の身に付けている衣服を脱がしていく。薄紅の上衣、それから彼女の髪に似合う青いワンピースのドレスまでも脱がしてしまうと、下着だけの格好になった天子が居心地悪そうにベッドの中で小さく震えてみせた。

 

「隠さないで……」

 

 視界から逃れようと、背中を向ける天子にアリスはそう声を掛ける。
 アリスは決して急かさずに、天子の心が落ち着くのを待った。多分アリスが強く望めば、天子がそれを拒まないでいてくれると思ったけれど……せめて初めての逢瀬なのだから、アリスから望むばかりではなく、天子の方からも自分の意志で応えて欲しいと思ったからだ。
 額も頬も恥ずかしさからか真っ赤に染めながら、それでもやがて天子はおずおずとアリスのほうへを向き直ってくれる。

 

「……ごめんなさい」
「ううん」

 

 申し訳なさそうな顔をする天子に、アリスは首を左右に振って答える。初めてなのだから緊張するのは当たり前なのだし、アリスだって……いざ自分が脱がされる側になるとしたら、きっと恥ずかしさでなかなか勇気を持つことができないだろうから。だから……少し時間は掛かっても、自らの勇気でアリスの側へと向き直ってくれた天子の心が、今はただどんなにも嬉しかった。

 

「……いい?」

 

 僅かに躊躇いながらも、アリスの問い掛けに天子は頷いてくれる。
 バンザイさせるような格好へと両腕を導いて、緩やかなシャツを天子の上半身からずりずりと脱がしていく。天子の綺麗な肌が徐々に露出していくに従って、アリスの視線はその肌色に魅惑されるかのように釘付けになる。
 小柄な彼女の体躯に於いても、病的に感じられてしまうほど細い腰とお腹が露わになって。……続けて、天子の胸までもが露わになると、もうアリスはどうにかなってしまいそうだった。薄い紅に彩られた、つぶらで可愛い胸。僅かにさえ膨らみと呼べる程の乳房もそこには見えなかったけれど、抗いがたい程に夥しい天子の魅力をそこから感じずにはいられなかった。