■ 26.「端書03」
「お前と二人きりで、相談したいことがあるんだ」
魔理沙の口からそんな言葉を聞かされた瞬間には、思わず咲夜は心の中で吹き出してしまっていた。
(随分とまた、似合わない台詞ね)
これが苦笑せずにいられるだろうか。まして私の立場は、お嬢様のご友人であられるパチュリー様の戦力として、彼女を撃退する側の立場でしかないというのに。どうして私の所に彼女が相談しに来る事由などあるというのだろう。
罠であることがあまりに明白な誘い。稚拙で愚かしく、けれどいかにも魔理沙らしい率直な罠への誘いは、咲夜の心に一瞬だけ嘲笑の心を抱かせるけれど……その気持ちは長続きせず、やがて霧散してしまった。
「いいわ、乗りましょう」
「……は?」
「相談があるのでしょう? そうね、ここじゃ何だから……私の部屋でいい?」
あまりにも明瞭すぎる、稚い罠。
けれど、もしも彼女が――私が霊夢にそうしたみたいに、私の躰を曝きたいというのなら。
それは罠であることや彼女の思惑を差し置いても、魅力的な提案であるように思えたのだ。
そう、彼女――魔理沙が私の元を訪ねてきた理由なんて、あまりに明白だった。
咲夜は先日、魔理沙の親友である霊夢のことをこの手に掻き抱いた。初めは単純な妬みから、やがては相応の愛情を伴いながら、一夜限りの逢瀬を霊夢に対して求めたことがあった。
霊夢がそう簡単にその一夜のことを口にするとは思えないから、どのようにして魔理沙がその時のことを知り得たのか、それは咲夜にも判らないことだけれど……もしも霊夢の躰を咲夜が手に掛けたことが魔理沙に知れたのだとすれば、彼女が咲夜の許へ怒りの矛先を向けるのは自然なことのように思えるのだ。
何故なら、魔理沙は――霊夢のことを愛していた。同じ人間であり、けれど自分よりも圧倒的な力と魅力とを持ちあわせている霊夢に対して、誰よりも強い妬みと憧憬と、そして恋情とを抱いていると。
……噂話ではあるけれど、そのように咲夜は幾度も耳にしていた。心を偽らない魔理沙だからだろうか、そうした彼女の抱く想いと恋路の話については、人妖を問わず幻想郷に住み彼女を知る多くの者達が興味を持っているし、噂も堪えなかったから。
案の定、自室へ案内するや否や、咲夜の身体はそのままベッドへ押し倒されてしまう。
押し倒すのは、もちろん魔理沙の腕。抵抗もしない咲夜の身体は、自分よりも小柄な体躯の魔理沙にさえ、難なく押し倒されてしまう。
「……抵抗、しないのか?」
「必要がないもの」
端的に答えながら、咲夜はそっと魔理沙の唇に自分の人差し指を軽く宛がう。
あたかも恋人にキスを求める仕草のように。――魔理沙にもの意図が伝わったのだろう、咲夜が瞼を閉じて催促するよりも早く、彼女の唇は正しい作法で咲夜の唇へと重ねられてきた。
霊夢のものよりも少しだけ乱暴で、けれど上品な口吻け。触れるだけの口吻けがやがて離れると、僅かに潤み、そして戸惑いに満ちた魔理沙の瞳が見て取れた。
「初めて?」
「そ、そんな、わけ……」
ないぜ、と続けようとした魔理沙の声は、消え入るような小さな声になってしまう。
そんな強がりも可愛らしいけれど。
「霊夢とも間接キス、ね?」
「――っ!」
咲夜のそんな囁きひとつで、顔まで真っ赤になる魔理沙。
やっぱり――稚い少女ならこれぐらい初心なほうが、もっと可愛らしくて素敵だと思う。
不慣れな手つき、未熟な愛情。率直すぎる霊夢への愛情は、ちょっとだけ妬ましいけれど。
「なんだか、全然咲夜を襲えている気がしないぜ……」
「私も襲われている自覚がないわ。――私は霊夢と同じぐらいに、あなたのことも好きだから。あなたの意志で私のことを押し倒したからといって、そこには合意の逢瀬しかありえないもの」
咲夜の方から『好き』と告げた言葉に反応して、魔理沙の顔はより深い紅に彩られてくれたから。
それだけでも咲夜の心は、案外嬉しい気持ちに満たされてしまった。