■ 27.「端書04」

LastUpdate:2009/01/27 初出:YURI-sis

 躰の寒さから目が覚めた瞬間にはもう、魔理沙の躰に自由は残されていなかった。
 縛られているわけではないらしく、そのうえ腕や脚、指先といった末端の感覚までもが確かに感じられるのに、けれど四肢のどれもが魔理沙の意志に反して僅かにさえ動かすことができないのだ。
 つい先程まで眠ってしまっていたせいか、魔理沙の瞼は閉じられていて、それを開くことさえ自由にはならない。目隠しをされたわけでもないのに何一つ見渡すことができない視界は、魔理沙の心にどうしようもなく不安の心を抱かせた。

 

「おはようございます、魔理沙さん」
「………………早苗、なのか?」

 

 意識を失ったのは咲夜との逢瀬の最中であったはずだから、てっきりまだ紅魔館の中に居るものだと思っていたのだけれど。聞こえてきた声に、魔理沙は驚きを隠すことができない。どこか甘く囁くかのような特徴的な声、見えない視界の中であってもそれは早苗の声に他ならなかった。
(けれど、どうして――)
 紅魔館と早苗、その二つに関連性なんて存在しない。咲夜との甘い逢瀬のあと帰った記憶がないのだから、ここは紅魔館に他ならないはずなのに……だというのに、どうして早苗の声がするのだろうか。

 

「ええ、疑問に思われるのも無理ないことと存じます。――ここは紅魔館の地下の一室、そちらを個人的にお借りしているに過ぎません」

 

 まるで魔理沙の心を見透かすかのように早苗はそう口にする。
 見えない視界の儘では何一つ確かめることもできないけれど、早苗がそう言うのなら実際にここは紅魔館の地下に違いないのだろう。それを疑うわけではないけれど……それでも魔理沙にはまだ納得がいかなかった。

 

「だからって、なんで紅魔館と無関係の早苗がここにいるんだよ」

 

 魔理沙の問いかけは、きっと当然のものであるはずなのに。
 そう問われて、ううん、と早苗は言葉尻を濁してみせた。

 

「それが正直……私にもよくわからないのです」
「……はあ?」

「昨日の宵の頃に、うちの神社にまで咲夜さんから手紙が届いていたのです。魔理沙さんがいらっしゃるから、良ければ彼女の躰で遊びましょう――といった文面で」

 

 早苗の言葉に嘘はないように思う。……そもそも、早苗自体が嘘を吐くような性分じゃない。
 昨日の宵頃といえば、まさしく魔理沙が咲夜を押し倒していた頃のように思う。だとするなら……咲夜は、押し倒されながらも時間を止めて、わざわざ早苗の元にまで手紙を届けたというのか。
(……一体、何の為に)
 これが魔理沙に押し倒されることの復讐、というのならまだ合点もいく。けれど……その可能性はまず無いように魔理沙には思えた。『合意にしかなりえない』と口にした咲夜の言葉は真実のもので、結局のところ魔理沙は咲夜のことを一方的に愛することができなかったからだ。魔理沙がどんなに乱暴にしようとしても、咲夜はそれを笑顔で受け入れてくれて、嫌な素振りひとつさえ――しかも、おそらく本心から――見せはしなかったからだ。

 

「ええ、私も魔理沙さんと同じように不思議には思いました」
「……だったら、どうしてここに来たんだ」
「だって――理由なんて、どうでもいいではありませんか」

 

 咬むような口吻けが、魔理沙の唇へと振り襲う。
 不意にキスされたことで魔理沙の心は激しく動揺するのに。……その動揺さえ、不自由な魔理沙の躰には顕れなかった。

 

「魔理沙さんは、自分よりも上位の咲夜さんが妬ましくて、押し倒そうとされたのですよね」
「………………さあな」
「それと同じことです。例え理由もわからない招待であり、得心のできない部分が数多あるのだとしても――私も敗北者なりに魔理沙さんのことを妬ましく思っておりますから、こうして抱ける機会を無駄にするつもりなんて無いというだけのことです」

 

 魔理沙の乳房に直接、いとも容易く触れてくる早苗の指先。道理で妙に躰が寒いと思ったのだ――魔理沙の格好はどうやら咲夜との逢瀬の姿そのままで、何一つ衣服を身につけてはいないらしかった。
 早苗にあられもない姿を見られているのかと思うと、急に恥ずかしさが込み上げてくる。それでも魔理沙の躰は自由にはならなくて、乳房や下腹部といった恥ずかしい場所を隠すことも、脚を閉じることさえできはしない。

 

「……か、躰が動かないのも、早苗が何かしたからなのか……?」
「あら、躰が動かないのですか? そんな不思議なことなんて、あるものでしょうか」
「実際に動かないんだから、そう言っているんだ……!」

 

 思わず声を張り上げてしまう魔理沙。
 けれどそんな怒気さえ孕む魔理沙の声にも早苗は動じず、くすくすと小さな笑い声を忍ばせて。

 

「だとしたら私には好都合というもの。――まるで『奇跡』みたい、ですね」

 

 耳元でそんな風に囁く早苗の声は、いつものままの優しい声で在るはずなのに。
 けれど、どこかいつもの彼女とは違う、妖艶な冷たさを秘めた印象を感じさせるその声色に、どきりとするほど魔理沙の心は震えを覚えずにはいられなかった。