■ 1.「素敵な生活」
「――案外『好き』って告げること自体は、そんなに難しいことじゃないようにも思うのよ」
「そうなの?」
「ええ、言うだけならね。ただ……本当に怖いのはその後だろうけれど」
パチュリーの言葉に、ああ、と得心のままアリスは頷く。確かにパチュリーの言うとおり、もしも告白をした場合に一番怖いのは、きっと告白そのものをすることよりも……その後に必ず控えている、返事を待つ、ということなのだろう。
ましてアリスやパチュリーの恋した相手のことを思えば。なるほど、パチュリーの言う通り『告白した直後』のことは酷く恐ろしいことのようにも思える。
「……絶対に、まず困ったような顔をするのでしょうね」
「ええ。私達から告白されることなんて、きっと僅かにさえ想像していないでしょうから」
アリスがパチュリーの気持ちに気づくのも、パチュリーがアリスの気持ちに気づくのにもさして時間は必要ではなかったというのに。それでも……あの鈍い彼女のことだ、私達の気持ちに既に気づいているということは万に一つも無いだろうし、今後も他ならぬ私たち自身が思いを口にして伝えようとしない限りは、決して彼女のほうから気づいてくれるようなこともないのだろう。
〈あの朴念仁――〉
内心でアリスは、そんなことを思いながら軽く舌打ちする。
それでも……確かに朴念仁であっても、そんな彼女のことを好きになってしまったのはアリスもパチュリーも同じ事で。
「言わなきゃ、気づいてもらえないのよねえ」
「そうね。……言わなきゃ、可能性だって見つけることもできないわ」
告白したときの彼女の反応を思えば、怖い。まして彼女はすぐにアリスやパチュリーの気持ちに応えることができないだろうと、はっきりと予測できてしまうだけに尚のこと辛かった。
下手に告白してしまえば、却って関係はぎくしゃくしたものになってしまうかもしれない。今こうして得られている魔法使い同士の親しい関係を、そんな形で失うのは恐ろしいことだった。
「……ううう、でも駄目だわ。私って……こんなに臆病だったかなあ……」
「臆病というのなら、それは私もよ。私だって、言えないわ……」
アリスもパチュリーも、二人して頭を抱える。
好きという想いを伝えたい。伝えないとどうにかしてしまいそうなほど、心は逼迫しているのに。それでも……勇み足で彼女との距離が少しでも離れてしまうのはとても怖いことで、二人とも口にはできないでいる。
こうして愚痴のように、パチュリーと二人きりで恋愛のことについて相談する日々はもう長い。それでも私達は、一向にこの恋の解決法を見つけられずに居た。
「そんな変な格好しながら、二人で話をしてるんだ?」
悩みに頭を抱えている私達に、少し離れた場所から掛けられる声がある。
もちろん、それが誰の声かなんて。決して聞き違える私達じゃない。
「ちょっとだけ、恋話なんてものをしていたところよ」
「パチュリーとアリスが? 二人にそういう相手がいたなんて知らなかったぜ」
(……ええ、知らないでしょうとも)
はあ、とアリスが吐き出した大きな溜息は、ちょうど向かい合わせるパチュリーのものと重なり合う。
「それで、具体的にはどんな話をしてたんだ? 私も混ぜてくれよ」
「ええ、いいわよ。そのうち……ね」
「……そのうち、っていつだよ」
「本当に、いつになるのかしらね……。いつか魔理沙とも、早くこの恋の話を一緒にしたいのにねえ」
――少しでも早くこの恋を判りあえたらいいのに。
アリスは心の深い場所で、ひっそりとそう希う。
きっと向かい合わせるパチュリーも、同じ事を想っているはずだった。