■ 38.「微熱」
額に宛がわれた冷たい手のひらがとても気持ちよくて、無自覚のうちに霊夢は目を細めてその感覚の中に身を委ねてしまっていた。心配そうに霊夢の顔を覗き込む魔理沙の曇った顔を見てしまえば、そんな表情をさせてしまっていることに少し胸が痛むけれど。それだけ心配されている証拠なのだと思えるから、やっぱりそれ以上に嬉しいと思ってしまう心はどうしようもない。
「まだ、結構高いな……」
霊夢の額と自分の額、その両方にそれぞれの手のひらを宛がいながら魔理沙はそう呟いてみせる。
無理もない、と霊夢は思う。何しろ魔理沙の補助がなければきっと立ち上がれないほど、身体の自由が利かないのだから。ちょうど萃香が昨日から地底に遊びに行っていて居ない今、こうして魔理沙がたまたま遊びに来てくれたのは本当に幸運だったなあ、としみじみ感じる。
食欲は無いけれど、その代わり無性に喉が渇くみたいで。だけどこんな身体では水を汲むことでさえ儘ならないものだから、魔理沙がこうして来てくれるまでは霊夢にできることといったら、せいぜい布団に包まったままでこんな時に限って不在の萃香を少しだけ恨めしく思ったりしながら気を紛らわすぐらいだったのだ。
身体が儘ならない時には、得てして心が不安に駆られるものなのだろうか。魔理沙が来てくれるまでの独りの時間には、絶え間なく心細さばかりが胸の裡には犇めいていた。こうして魔理沙が来てくれて傍で看病をしてくれる今となっては、その淋しさは思い出すことができないほどに鳴りを潜めてしまっているけれど。それまでずっと心が酷く淋しくなっていたせいだろうか、それだけに――霊夢の目の前に魔理沙が姿を見せてくれた時には、まるで救われるような思いさえしたものだし、いつもよりも魔理沙のことがずっと頼もしくも見えたりしたものだ。
「たまには病気もいいものね。こうして魔理沙に世話を焼いてもらえるなんて」
渇いた喉を潤そうと、煎茶碗に入れてくれている水に口をつけながら霊夢がそう言ってみせると。
霊夢の軽口に魔理沙は盛大に顔を顰めさせながら。はあっ、と大きな溜息をひとつ吐いてみせた。
「……馬鹿なこと言ってないで、早く治してくれ」
コツンと、軽く額を小突かれてしまう。
ちょうど空になった煎茶碗を、霊夢の手元からさっと奪ってしまうと、そのまま魔理沙は炊事場のほうへ行ってしまう。
霊夢よりも少しだけ身長が低い魔理沙の後ろ姿。そんな背中ひとつさえ、今日だけは少しだけ頼もしく見えてしまうから不思議だった。