■ 43.「緋色の心」
「……ごめんなさいね、あまりあなたに似合いそう服が無くて」
「い、いえ。この服を着られて、私は嬉しいです」
それはもちろん天子の本心そのままから出た言葉だったのだけれど、きっとアリスさんには遠慮か何かの言葉として聞こえたのだろう。少しだけ申し訳無さそうにしているアリスさんの表情が、却って天子にとっても申し訳ないぐらいだった。
(――大事なのは外見じゃないのに)
伝わらないと承知しながらも、天子は心の中でしみじみとそう想う。アリスさんの温かさに包まれていられる想いがするこの服に、勝る幸せを与えてくれる服なんて、きっとどこにも存在しないのだから。本当に天子はただ、嬉しいとばかり想うのだけれど……それを伝えるのは、まだきっと難しいことのように思えた。
なアリスさんに促されるまま二人掛けの小さテーブルに腰掛けると、そこには嘘みたいな朝食が並べられていた。焼きたてのパンに色とりどりのジャム、ふわふわのオムレツに冷たいミルク。天界に住んでいる時には考えられない程の豪勢な朝食に、思わずコクンと天子は喉を鳴らしてしまう。
「……良かったわ、気に入って貰えたみたいで」
そんな天子の様子を見て、ほっと安堵の息を吐きながらアリスさんは呟く。
こんなの気に入るなんていうものじゃない。贅沢すぎて、ちょっと怖いぐらいで。
「い、頂いてもよろしいのですかっ」
「ええ、どうぞ。そこの布巾で手だけは洗ってね」
言われた通りに濡れ布巾で両手を洗ってから、天子はパンに手を付ける。
まだ手で触れるのにもちょっと熱い程の、焼きたてのパンに木苺のジャムを塗ると、その熱気でジャムがそのまま蕩けていくみたいだった。木苺ならではの甘味と、そして僅かな酸味。さっくりと噛み切れるパンの香ばしい味と相俟って、それはとても美味しくて。ふわふわのオムレツも、口に含むとじんわりと拡がっていくチーズの濃厚な味があって。冷たいミルクと一緒に食べると、その美味しさはより深いものになるみたいだった。
最初は(食べきれるかな)とちょっと萎縮してしまったのは、今にして思えば杞憂でしかなかった。あっという間に天子は出された物を全部平らげてしまっていたし、パンに至ってはアリスさんに勧められるまま一枚だけお代わりさえしてしまっていたのだから。
「ご、ごちそうさま、でした」
「はい、お粗末様でした」
「あ、あの。アリスさん……」
言わなきゃいけない、と思う。こんな風に甘やかされるのでは、いけない。
天子はただ、アリスさんを好きだと思う一心だけでここまで訪ねてきたのであって。大好きなアリスさんと一緒に居たいという一心だけで、一緒に住まわせて欲しいと願い出たのであって。決して……自分の生活の面倒を、アリスさんに見て貰おうと思ったわけではないのだから。
何か、自分にできることをしなきゃいけないと思うから。こんな風に甘やかして頂くのでは、いけないと思うから。そのことを天子はアリスさんに伝えたいと思うのに。
「天子」
名前を呼ぶ、その一言だけで。天子の意志は全部封じ込められてしまう。