■ 47.「緋色の心」
「ここが私の部屋ね。ちょっと散らかっていて、申し訳ないのだけれど」
「お、お邪魔します……」
好きな人の私室。そう思うと、堪らなく心が熱くなって来る気がして。
けれどそうした天子の期待感とは裏腹に……アリスさんの私室はあまりにも殺風景なものだった。
リビングの半分にも全然満たないほどの酷く手狭な部屋。その中を実験道具みたいな硝子製の何かを乗せた机がひとつと、あとはぎっしりと詰まった幾つもの本棚が埋め尽くしている。埃ひとつ落ちていないから、念入りに掃除はされているみたいだけれど、窓があるのにカーテンが締め切られているその光景は、ひどく息詰まるような気さえしてしまう。さっきご飯を食べたリビングには、あれほど洒落た装飾に満ちていただけに……素っ気ないを通り越して殺風景なばかりの部屋に、天子は違和感を覚えずにはいられなかった。
「狭くて、淋しい部屋でしょう?」
「え、ええと」
アリスさんの言葉に、天子は何も答えることができない。頷いてしまうのは悪いような気がするし、かといってお世辞にも否定できるだけの要素をこの部屋は何も持っていないものだから。
返事に困る天子を見て、アリスさんはくすりとひとつ笑いを零す。
「いいのよ、正直に言って。私は結構誘惑が多いと甘えちゃうから……こういう殺風景で、それも狭い部屋じゃないと頑張れないし、勉強や実験に集中できないのよ」
「……そういうものなのですか」
「ええ。だから……ごめんなさいね、私が天子をこの部屋に招待するのは多分今日で最後になるわ。あなたの事が好きだから……私にとってあなたは何よりの誘惑になってしまうの、だから」
アリスさんはその言葉を、酷く申し訳なさそうな表情で吐露してくださるけれど。……天子にとってアリスさんが打ち明けて下さった言葉は、やっぱりそのまま嬉しいことでしかない。
ここを訪ねてくるよりも前には、きっとただの迷惑な子供ぐらいにしか思われていなかった天子の存在。その筈の私が、今はアリスさんの心を揺らすことができる存在になれているのだというのだから、これが嬉しくない筈がないのだ。
「私だって……私がここに居ることで、何かアリスさんの迷惑や負担になったりしたくはないんです。ですから――アリスさんがお部屋に篭もってらっしゃる時には、ちゃんとお邪魔はしないように気をつけます」
もちろん本音を言えば、いつでもアリスさんの傍に居たいと思う。だけど、自分が傍に居ることで何かひとつでもアリスさんの障りになるようなら、それは天子の望むところではない。
邪魔にならず、負担にならない。そういう時だけでもアリスさん傍にいることを許されるのなら、天子はきっとそれだけでも倖せに満たされることができるから。
「ありがとう、天子。……でも、本当に私を呼ばなきゃいけなくなった時には、遠慮はしなくていいからね?」
「……はい」
付け加えるように。そんな風に言葉を掛けて下さるアリスさんの優しさに。
(やっぱり、好きだなあ)
天子は改めて、そう思わずにはいられなかった。