■ 61.「不毛な恋」
それが真実の恋であるなら。
きっと、こんな雑音なんかに惑わされることもないのだろうに。
(……けれど、真実ではないから)
魔理沙の訴えてくる言葉に、こんなにも心が揺れてしまう。彼女が必死に伝えてこようとする言葉に、嘘も虚飾もないことは明らかなもので。それ故に……突き放すことができない。
パチュリーが愛しているのは、ただアリスだけ。だから魔理沙の気持ちには始めから応えることなんてできようもないのだけれど。それでも私を求めてくれる魔理沙の言葉を強く拒否できないのは、そうした彼女の立場が、他ならぬパチュリー自身と何一つ変わりはしないからなのだろう。
パチュリーはアリスを愛しているけれど……アリスは、魔理沙を愛してしまっていて。どうしてなのか判らないけれど、魔理沙はパチュリーに「愛している」と何度となく告げてきてくれる。即ち私達三人の恋は、誰かが心変わりしない限り永遠に繋がることのない、とても不毛なものでしかない。
何しろ、拒むことさえできない。互いの関係が交錯しているせいで、冷たい態度さえ取ることができない。もしパチュリーが魔理沙に対して冷たい態度を取れば、それはそのままアリスからパチュリーに返って来そうに思えて、とても恐ろしいことのように感じられてしまうからだ。……アリスは優しいから、実際にはそうした態度を取ることはないのかもしれないけれど。それでも……パチュリーと全く同じ立場である魔理沙に対して冷たく突き放すようなことは、あたかも自分自身がアリスに突き放される様子を想像させてしまう。
(拒まないと、いけないのに)
受け止めてあげなければいけない、と。――受け止めたいと、願う心もある。
今日みたいに、夜更けを待ってから魔理沙が図書館を訪ねてくるようなときには、目的はとても明らかなもので。それをパチュリーが承知してしまっている以上、アリスへの想いに忠実に在りたいと想うのであれば……本当なら私は、きっと魔理沙を正しく拒まなければいけないのだろう。
けれど、拒めない。そんなことなんて、できない。
アリスは……魔理沙が好きであるにも関わらず、決してパチュリーを拒まない。唐突にアリスの家を訪ねても、不意打ちのようにアリスの唇を奪っても。アリスの家に泊まりたいと願い出た上に、一緒に眠るベッドの中でアリスを求めた時でさえ……アリスは何一つ嫌な顔をせずに、パチュリーのことを受け入れてくれた。
パチュリーにはそれが嬉しくて。……けれど寂しくて、申し訳なかった。アリスの優しさに付け込み、彼女の躰を自身の欲望だけの為に蹂躙してしまったような気がして、深い罪の意識が幾重にも心を苛んだ。
だから、魔理沙が躰を求めてきたとき、パチュリーはそれを拒まなかった。拒むべきであることは判っていたけれど、拒めなかった。好きな人に酷いことをしてしまった罪の意識が強すぎて、私は……この罪深さを、誰かと共有することでしか抜け出せないと想ったからだ。
果たして、魔理沙もまたアリスに躰を許して。私達三人の間には、お互いがお互いを拒むことができない関係だけが連鎖している。相手を拒むということは、私も拒まれるということで。魔理沙に躰を許すことを拒むということは、そのままアリスの躰を求めることが許されなくなることのように思えてならないのだ。
恋というのは、誰かを好きになった瞬間に生まれるものだと想っていた。相手が自分に応えてくれるかどうか、それはまた別の問題で、誰かを好きでいるということそのものが恋であるのだと……そう、想っていた。
私達の誰もが、確かな気持ちで相手を愛している。そうであるのに、きっと私達の誰もが、今のこうした関係を恋情の関係だとは想うことができないでいる。――こんなにも屈折した関係、こんなにも間違った求めあいが、どうして真実でなどあるだろうか。
だとするなら、今の私達の関係とは一体何なのだろうか。目指さなければならない、真実の恋とは何なのだろうか。私達はそれに近づくための手がかりひとつさえ、今も見つけることができないでいる。