■ 69.「互譲の精神」

LastUpdate:2009/03/10 初出:YURI-sis

 魔理沙に告白されたのは、まだ幻想郷に秋の香りが満ち始めた頃だったように覚えている。鬱蒼とした魔法の森にも幾許かの約束された実りが輝き、暑さが引いて穏やかさが満ちてくる季節。例年より少しだけ気温が低かった今年には、秋深くなる頃には森の中は少しだけ寒さの始まりを感じるようにもなっていたのだけれど、とはいえその頃にはまだまだ過ごしやすい季節だったのをアリスは覚えている。
 魔理沙は唐突に家を訪ねてきて、アリスが訪問の理由を訊ねる間もなく、告白された。いかにも魔理沙らしい、直球の告白だったのをアリスは今でも克明に思い出すことができた。恥ずかしそうに顔を赤らめながら、けれど好きになった経緯やその有り様を真っ向から伝えてきてくれる魔理沙の言葉に。聞かされるアリスのほうが、それ以上に赤面させられたのも……今にして思えば、倖せな思い出のように振り替えることができた。
 アリスは……その頃にはまだ、魔理沙のことをそれほど意識できていなかった。魔理沙が伝えてきてくれる気持ちを(嬉しい)と感じたのは真実の気持ちに他ならないのだけれど、アリスが魔理沙が伝えてくれる気持ちと同じだけの心で彼女に接しているかというと、そうではなくて。だから私は、直球の言葉で「恋人になりたい」と志願する魔理沙の言葉に、明確な返事を返すことができなかった。

 

  ――本当に私が好きなら、毎日会いに来て。

 

 今にして思えば、それは何て図々しい台詞だったのだろう。魔理沙の気持ちに何一つ応えることもできないくせに……彼女の告白に思いの他アリスも動揺していたのだろうか、気づけばそんなことを口にしてしまっていた。率直な魔理沙の言葉とは対照的に、まるで試すような身勝手な言葉――言ってしまった後から幾度と無く後悔を繰り返した言葉でもある。
 もちろん、そんな約束なんて守る必要は無いのだ。さすがに後から深く反省したアリスも、幾度となく魔理沙にそう伝えてきたのだけれど。不意をついて出た言葉は往々にして真実の近くにある。そう言って、魔理沙は耳を貸してくれはしない。
 魔法使いというのは、自分の持っている時間を擦り減らして誰もしないような馬鹿な研究に没頭する、いかにも酔狂な職業だと思う。なればこそアリスはより長い時間を得る為に妖怪になることを選んだのだし、それを選んだことを今でも後悔してはいない。
 毎日会いに来て、という無茶な約束。言い換えてしまえばそれは、研究の為に割り当てられることができる時間を二人で互いにすり減らし合うという極めて不毛な約束だった。妖怪になったことで膨大な寿命を得ることになったアリスにとってはさしたる時間の浪費ではないのかもしれないけれど。酷く狭い、限られた時間しか生きられない魔理沙にとって相当な負担であるのは間違いないことのようにも思うのに。
 それなのに――魔理沙は今でもその約束を、馬鹿みたいに守り続けてくれている。