■ 80.「端書19」

LastUpdate:2009/03/21 初出:YURI-sis

 ようやく二人きりになれた時には、もうリトルは待ちきれなくって。
 私よりも少しだけ背が高い咲夜さんの頬に手をあてて、ぐいっと自分の側へと引き寄せる。
 自然に踵が浮いてしまう。与えて下さるのを待つことはもうできそうにないから。
 だからこのとき、リトルは初めて自分から、咲夜さんの唇を奪ってみせた。

 

「大胆ね。ちょっとだけ、びっくりしちゃったわ」
「はい。……好きな人にでしたら、私も大胆になるのです」

 

 そう答えてから、もう一度リトルは咲夜さんにキスをする。
 今度は顔を引き寄せるまでもなく、咲夜さんのほうから屈んでくれたから。リトルは近づいた頬と唇とに、ただ自分の唇を重ねていくだけで良かった。
 触れあわせる柔らかな感触の中に、入り交じる深い嬉しさがある。いつも思うけれど――キスって、不思議に特別だ。愛しい人と、ごく近い距離に顔を近づけるだけでもどきどきするけれど、唇同士を重ね合わせた瞬間には、まるでどきどきが全部いっぺんに幸せと嬉しさに変換されてしまうかのような……押し当てる行為の傍では、心の中にそうした、とても大きな奔流のようなものを感じる気がするのだ。

 

「……私も、そう思うわ」
「ふぇ?」
「どうしてか判らないけれど、特別よね……キスって」

 

 唇が離れた後、咲夜さんはそんな風に仰ってみせて。
 考えてしまっていたことを、簡単に見透かされてしまったことに、リトルは少しだけ恥ずかしくなってしまう。

 

「……顔にでも、出ちゃってましたか?」
「大丈夫、そうじゃないわ。そうじゃないけど、でも」
「でも?」
「ええと、その……キスをすることで、伝わることもあるでしょう?」

 

 咲夜さんの言葉に、リトルは少なからず驚く。
 そういうこともあるのだろうか。もし咲夜さんの言う通りに、唇を繋ぐことで心までも通わせることができるというのなら――是非、リトルもキスを通じて、咲夜さんの心を少しでもいいから知りたいと思えた。

 

「うう、残念です……。私には、咲夜さんの心なんて見えないのに」
「本当に見えない? きっとあなたにも伝わっていると思ったのに」
「……はい。キスしていても、どきどきしてる自分の心しか見えないのです」
「ああ、そういうこと」

 

 何かに得心したように、咲夜さんは頷いてみせる。

 

「キスをしたとき、普段の二倍ぐらいどきどきしたりしない?」
「……します」
「それがきっと、私の心よ」

 

 僅かに頬を赤らめながら、そう答えて下さる咲夜さんの言葉が、リトルにはあまりにも嬉しくて。
 ひっそりと、心の中で。こんなにも素敵な人の恋人であれる自分の果報を、改めて誰とも知れない神様に感謝するのだった。