■ 90.「緋色の心」

LastUpdate:2009/03/31 初出:YURI-sis

 アリスさんにそこまで言って頂くことの幸せのあまりは、どれほどのものだろうか。以前、アリスさんから『私もあなたのことが好きよ、天子』と言って頂いたことがあって、その言葉を頂いた時には、これ以上の幸せなんてきっと在りはしないのだと思ったのに。なのに、いま――それを上回る、狂おしい程の幸せが天子の裡に溢れすぎていた。
 恋愛は見返りを求めないものだと言うけれど。もしも相手が自分の為に何かの努力を払ってくれるというのなら……それは、何よりも幸せなことではないだろうか。実際、いま天子はアリスさんの言葉に心を打たれるあまり、たちまち涙を抑えていることができなくなってしまっていた。
(嬉しい……)
 あるいは軽蔑されてもおかしくないことなのに。それどころか、私を繋ぎ止める為の精一杯の努力を惜しまないとまで言って下さるアリスさんの言葉が。信じられない程に有難く、怖いほどの幸せを天子の心に駆り立てていく。
(――この方の、ものになりたい)
 同時に、心の深い場所で、強い意志となって改めてその気持ちを天子は再認識する。私を傍に置いて下さる為だけに『何だってする』とまで言って下さる、最愛の人の思いに……私も、出来る限りの最大の形で応えたくて。
 総てを棄てて、この方のものになりたい。アリスさんだけの為に生きて、総てをアリスさんだけの為に捧げたいと思えた。あらゆる災厄からアリスさんを護って、アリスさんの望む総てのものに応えたい。その為なら私は――常識も、罪も、総て踏み越えてみせる。

 

「――わ、私は。アリスさんの傍に置いて頂けさえすれば、それだけできっと何よりも幸せですから。だから、それ以上をアリスさんに望みたいとは思わないです。私はただ、アリスさんのものにして頂くこと、それだけを望んでいますから」

 

 それは、天子の有りの儘の本心だ。それ以上に望む者なんて、在りはしないけれど。
 すっと短く息を吸って、「ですが」と天子は続ける。

 

「ですが……もしも、アリスさんが私のことを苛めて下さるというのでしたら。もちろん私は、それを何より嬉しく感じると思います。……それは、もちろん私が単純に苛められるのが好き、というのもありますし……それに、アリスさんに苛めて頂くことで、その結果として私はアリスさんの所有物であれる自分の姿を、きっとより強く意識することが出来ますから。だから、もしもアリスさんがお嫌でないのでしたら……是非、お願いします」

 

 快楽から、それを望むのではないけれど。私の心や躰に、アリスさんの所有物であれる自分の存在を強く刻みつけて下さるというのなら。――きっと私は望まずにはいられないし、想像するだけでもそれは幸せなことのように思えるから。

 

「……天子、私はあなたを、自分の人形にしたいわけではないのよ?」
「はい、それは判っています。でも……私は、アリスさんの人形になりたいのです」

 

 実際、アリスさんの所有する人形のどれにも、天子は嫉妬に近い気持ちを覚えるのだ。特にアリスさんの信頼の厚い何体かの人形に対しては、最早嫉妬を超えて憧れに近い感情さえも覚えずにはいられない。
 アリスさんの為に存在する、忠実な人形でありたい。持ち主の信頼を得られ、それに応えられるだけの忠実で優秀な人形でありたいと思う。生活をお手伝いできるだけの器用さが欲しいし、有事の際にはアリスさんの矛にも盾にもなれる秀でた戦力でありたい。アリスさんが戦えと命じるのであれば、天子は迷わずそれに従う人形でありたい。アリスさんがもしも命じて下さるのであれば、私は喜んで幻想郷さえ壊してみせる――。