■ 91.「端書24」

LastUpdate:2009/04/01 初出:YURI-sis

「イナバ」
「あ、はい。何でしょう?」

 

 不意に姫様から呼び止められたのは、ちょうど鈴仙が就寝しようとしていた直前のこと。
 姫様ももうお休みになっていてもいい時間の頃だったので、ちょっとだけ鈴仙は驚かされてしまう。

 

「何か私に、御用でしょうか?」
「ええ、私じゃなくて永琳にね」
「師匠に……ですか?」

 

 問い返す鈴仙に、姫様はコクンと頷いて答えてみせる。
 そうしてから、姫様は少しだけ優しそうに微笑んでみせて。

 

「これは命令ね――永琳の夜伽を務めなさい。あなたに務まらないなら、誰か代役を選びなさい」

 

 そんな風に、言ってみせたのだ。

 

 

 

 勿論、代役なんて出せるはずがない。
 だって、鈴仙は……師匠のことが、好きなのだ。師匠に自分のことが相応しいだなんて、そんな自惚れでしかない気持ちは決して抱いたりしないけれど。それでも……師匠に抱いて頂ける、そんな羨ましすぎる役割を。自分ではない誰かが享受することなんて、想像したくもなかった。
(もしも、私ではダメだと言われたら……)
 師匠から直接そう言われたなら、果たして私は立ち直ることができるだろうか。鈴仙なりに降り積もらせてきた師匠への想いは数知れず、長い時間を掛けて培ってきただけに……その想いが打ち砕かれるさまを想像することは、酷く怖いことのように思えてならないのだ。
 それでも……これは、ひとつのいい機会なのだと思えた。鈴仙の想いが、希望をそこに抱いてもよいものであるのかどうか。他ならぬ師匠に直接問い掛ける為の、絶好の機会なのだと。

 コンコン、と師匠の部屋の木戸を二回だけノックする。
 部屋の内側から「どうぞ」と呼ぶ声があって、鈴仙は覚悟を決めた。

 

「……失礼、致します」

 

 いつもは、師匠の仕事のお手伝いとして入り慣れた部屋。
 それなのに、今は少しだけ慣れなくて……居心地が悪い。

 

「あ、あの、師匠。もし私ではダメでしたらそう言って頂きたいのですが」
「うん?」
「え、ええと……不肖未熟の身ながら、師匠の夜伽の相手をさせて頂きに参りました……」

 

 師匠がいま、どんな顔をして鈴仙のほうを見つめているか。それを確かめるのが怖い。
 それでも、見確かめなければ意味がない。そうしなければ、師匠の真意を確かめることはできないのだから。おそるおそるといった調子で、少しだけ鈴仙が眼差しを上げて上目遣いに師匠の表情を確かめると。
 そこには……酷く顔を真っ赤に染めた、師匠の表情があった。

 

「よ、夜伽だなんて……あ、あなたは、何を急に言い出すの?」
「ふぇ!? え、え、ですが。姫様が、師匠が夜伽の相手を探しておられると……」
「そ、そんなの探したりしてません! か、輝夜はまた、こんな妙な悪戯を」

 

 師匠の言葉は意外なものだったけれど、ほっと鈴仙は胸を撫で下ろす。
 良かった……少なくとも師匠は、誰でも良いから抱こうだなんてことを、なさろうとしたわけじゃないのだ。

 

「……え。ちょっと待って、鈴仙。ひとつ訊きたいのだけれど」
「はい? 何でしょう、師匠?」
「あ、あなたは……その、私に抱かれても、いいの……?」

 

 訊かれて、鈴仙の方もまた、耳まで真っ赤になってしまう。
 すぐに「はい!」とお答えしたかったけれど、緊張のあまりに言葉を吐き出すことができなくて。代わりに、鈴仙はただ師匠の言葉に、強く首を縦に振ることで答えた。

 

「う、うどんげ。命令ではないけれど……ひとつ、いいかしら?」
「……は、はい。何でしょう」
「ええと、その……今日、この部屋に泊まっていく気は、ある……かしら?」

 

 勿論、その師匠の問い掛けてくる言葉に。
 緊張はしていても、返事を躊躇うような鈴仙ではなかった。