■ 97.「端書26」
好きだよ、って。告げる必要なんてなかった。
傍にいるだけで気持ちが伝わるなんて、まるで……御伽噺みたいだ。
「……ありがと」
「どういたしまして」
二人分淹れてきたお茶の、片方を霊夢に手渡してから。萃香は霊夢の座る縁側の、すぐ隣に腰掛けた。服と服とが擦れる程の密接した距離が、まだ寒さが少しだけ残る春の今頃には、ちょうど温かくって心地良い。
こんなに近すぎる距離に座っても、霊夢が疎ましがらずにいてくれるのは……自分だけだって、萃香は知っている。それは自惚れでもなんでもない事実で、実際に霊夢のすぐ隣に腰掛ける萃香の姿を見て、魔理沙が同じことをしようとした時に、霊夢はやんわりとそれを拒んでみせた。
『やめてよ、暑苦しいでしょ』
『……なんだよ、萃香はよくて私はダメなのか?』
『ええ、萃香ぐらいが私にはちょうど心地良いの』
自分だけが霊夢の隣に居ることを許されること、それが萃香には堪らなく嬉しくて。突き放す霊夢の言葉に項垂れる魔理沙には悪いけれど、萃香は感動のあまり心が震えるような思いだったのだ。
(霊夢のすぐ傍にいても、いいんだ)
そう知ってから、萃香はこうして霊夢がお茶を飲んでいる時にはいつも、隣に座るようにしていて。萃香のそうしたしつこいぐらいの態度は、それこそ疎ましがられても仕方がない程度なのに。
霊夢は萃香を拒まなかった。それどころか、霊夢のほうから二人分のお茶を淹れてきて、萃香に手渡してから隣に座ってくれることさえあった。
――嬉しかった。
霊夢のことは、意識した瞬間にはもう好きになっていた。
いつかの異変の時に懲らしめられて……もしかしたら、その時にはもう好きになっていたのかもしれない。それぐらい霊夢と出会ってから間もないうちに、けれど取り返しが付かないほど彼女に惹かれている自分がそこにはいた。
自分の気持ちに嘘を吐くことはできない。鬼だからではなく、不思議と……萃香は疑いなく、その事実を受け入れられてしまったのだ。霊夢のことが好き、ということ。萃香の瞳に映る霊夢の姿はいつも魅力的で、彼女になら惹かれる自分自身さえ無理ないことのように思えたからかもしれない。
気持ちをそのまま言葉にしてぶつけるだけの勇気はなかったけれど。萃香はただ、霊夢に毎日のように会いに行った。霊夢の元を訪ねてくる人や妖怪は多かったけれど、その誰よりもずっと霊夢の近くにいた。彼女の傍にいたいという自分の気持ちに、萃香は正直だった。
やがて、二日に一度は霊夢の家に泊まるようになった。初めは萃香のほうから泊まりたいと言ったのではなく、霊夢のほうから『泊まっていけば?』と言ってくれたのを覚えている。すぐに止むと思われた夕立が止まなくて、傘を持ってきていない萃香は帰るタイミングを見失っていたから。それは霊夢が気を遣って言ってくれた言葉だったのかもしれないけれど。
(……泊まってもいいんだ)
そう思って、萃香は二日に一度ずつ、霊夢に『泊まってもいい?』と訊ねるようになった。萃香がそう訊ねると、いつも霊夢は『仕方がないわね』と認めてくれて。やがて頻度は三日に二日になり、四日に三日になり、そして……いつしか許可を求めることもなくなって、やがて霊夢の家に居着くようになった。
それでさえ霊夢は、萃香を拒まなかった。もしも、たった一度でも霊夢に拒まれるようなことがあれば、この横着な態度も改めるつもりだったのに。
「ねえ、霊夢」
「うん?」
「どうして霊夢は……私がここに居ることを許してくれるの?」
ふとした拍子に、疑問が口を突いて出てしまった。
萃香の言葉に、霊夢は柔らかに微笑んでみせる。
「だって、あなたは私が好きでしょう?」
「……知ってたんだ」
「あなただって、知ってるでしょう? 私もあなたが好きなコト」
言われて、不思議な程に萃香の心は驚きを覚えなかった。
それはやっぱり、霊夢の言う通り……萃香も知っていたからなのだろう。どこか自惚れのような気がして、信じてはいけないと思いこんでいたけれど。
――霊夢も私のことが好きなんだ、って。