■ 6.「二重紬」
志摩子さんと恋人同士になれたことで、変化したことがたくさんある。それは志摩子さんと一緒にいられる瞬間に、躊躇うことなく『好き』という言葉を口にすることができるようになったこととか、もちろん恋愛自体に関する変化も沢山あるのだけれど。それ以外の日常にも、幾つか大きな変化があった。
例えば、変化のひとつに授業を真面目に受けるようになったことがある。……といっても、今まで決して不真面目に受けていたわけではないのだけれど。今まで以上に授業に身を引き締めるようになったし、予習と復習にもこれまで以上に念を入れるようになった。
それは今まで漠然としか考えていなかった未来予想図を、少しだけ真面目に考えるようになったからだ。以前は良い大学に入りたいという意志ひとつさえ持っていなかった私だけれど、今は積極的に少しでも自分が得られる評価を増やしたいと思うようになった。
いつかの未来へ、想いを馳せることが多くなった。同性である以上、志摩子さんと結婚することは永劫に叶わないことだけれど、それでも一緒に同姓生活を送る夢ぐらいなら決して非現実的な未来じゃないから。その為にいまできる努力を、惜しむことがなくなったのだ。
志摩子さんがどういう未来を選ぶのか、乃梨子は知らない。実家を継ぐのかもしれないし、信仰に関わるものを選ぶのかもしれないし、あるいは全く別の何かを目指すのかもしれない。乃梨子は志摩子さんの未来についてとやかく言うつもりはないし、志摩子さんが自分の意志で未来を選ぶことができるのなら、それがどんなものであっても構わないと思っている。
それでも乃梨子は、志摩子さんの傍を離れるつもりはないから。だから志摩子さんがどういう未来を選ぶのだとしても、その傍に居られる生き方を選べる自分でありたいと思うのだ。未来の選択肢を増やすための努力をしているのだと、志摩子さんの傍にいられる未来の為の努力をしているのだと思えば、勉強時間を倍にすることだってちっとも辛いことなんかではなかった。
「――乃梨子の傍にいると、私は未来から目が逸らせなくなるわ」
ある日、学校からの帰り道で。志摩子さんがそう告げてきたとき、乃梨子にはその言葉の持つ意味がわからなかった。
咎めるような口調であったなら、まだ幾つか思いつく解釈もあったのかもしれないけれど。そのような口調ではなく、寧ろどこか嬉しげにそう口にしてくる志摩子さんの言葉に、乃梨子は首を傾げるしかなかった。
「あ、ごめんなさい。それだけじゃ、意味がわからないわよね」
「……うん、ごめん。もうちょっと説明が欲しいかな」
「ええ、乃梨子にも聞いて欲しいから。ちゃんと説明するわね」
手袋を外して繋いでいる二人の手に、志摩子さんのほうから少しだけ力が籠められてきて。
そのことが嬉しかったから、乃梨子のほうからも少しだけ力を入れてぎゅっと握り返した。
「私は、あまり未来を考えることが好きではなかったの。今までずっと未来を考えることっていうのは、家を継ぐかどうか、その二つに一つだけのものでしかなかったから。それに、その選択肢さえ結局は、兄が継ぐかどうかで自動的に決まるものだと思っていたの」
淡々と志摩子さんは語るけれど、そのことを今までどれほど重荷に感じていたのかを乃梨子は知っている。志摩子さんが直接弱音を零してくれる訳じゃないけれど、どれほど志摩子さんが家や両親を大切に思っているか知っているから。何しろその為になるのなら、志摩子さんは自分を犠牲にすることさえ躊躇いもしないぐらいなのだ。……現に、学校を辞めようとしたことさえある。
「でもね、乃梨子がそれを変えてくれたの」
「私が?」
「そう、乃梨子が。あなたが私に、幸せな未来を与えてくれたから。だから私は未来を想像することを恐れなくなったし……それどころか、あなたと一緒に居られる未来は想像するだけで本当に幸せになるものだから。毎日のように私は、未来へ想いを馳せるようになったのよ」
そう言って、柔らかに目を細める志摩子さんの表情は本当に幸せそうに見えて。
きっと私もそんな目をしながら、毎日のように志摩子さんとの未来へ想いを馳せているのだろうかと。何だか少しだけ、照れるような気持ちになってしまった。