■ 10.「泥み恋情03」
会いに行くには、建前というものが必要なのだと思っていた。
それは例えば、彼女が勤める館の主人をひやかしにいったり、パチュリーの本を借りにいくこと。
けれど、それは魔理沙の勘違いであったらしい。いまは理由を必要とせずに、ただ咲夜に会う為だけに彼女の元へ魔理沙は飛ぶことができる。
好きな時に会いに行けて、好きなだけ傍にいられる権利を得ること。
――それが『恋人』なのだと。瀟洒な彼女に教えて貰ったからだ。
「確かに、毎日でも会いに来ていいとは言ったけれど」
「ああ、言ってたな。確かにこの耳で聞いたぜ」
「……だからって、本当に毎日来るようになるとは思わなかったわ」
小言の苦情を並べながら、それでも咲夜は魔理沙の前にティーカップを差し出すのを忘れない。安い葉でないことが簡単に判ってしまうような、高級で芳醇な香りが忽ち魔理沙の鼻腔を擽ってきて。決してお茶の為にここに通っているわけではなく、あくまでも咲夜に会いに来ているわけなのだけれど……美味しいものには目がないから、すぐに一口カップに付けて、香りの通りに高級な味わいで舌を満たした。
「咲夜に、毎日会いたいからな。……我慢した方がいいか?」
「……いいえ。ああたがそう思ってくれるのなら、毎日来てくれた方が良いに決まっているわ」
「そっか。……済まない、な」
「謝ることじゃないわ。……私こそ、毎日会いに来てくれてありがとう」
そう言って、魔理沙の頬にそっと軽い口づけをする咲夜に。
簡単に魔理沙は見せられてしまう。もういちど魔理沙はカップを口に付けてみるけれど、咲夜の魅惑をいちどでも感じてしまった今では。香りも味も、何一つ判らなくなってしまった。
「……ごめんなさいね。お嬢様の食事を準備しないといけないから、もう少しの間は手が空かないの」
「そんなことは気にしなくていいさ。この部屋にも幾つかの本があるし、足りなければパチュリーから借りてくるから」
そう魔理沙は言ってみるけれど、もうこうして何日も通ってきてしまっているものだから、ここ咲夜の私室に置いてある本は一通り読み終えてしまったものばかりだ。咲夜もそのことに気づいているのだろう、魔理沙の言葉を聞いて、なんだか申し訳なさそうに眉を下げてみせた。
本当は本なんてあってもなくてもいいのだ。……この部屋で、普段咲夜が生活をしているというだけで、魔理沙はこの部屋に特別な魅力を感じずにはいられないのだから。小さなテーブル、少しだけ大きなベッド、幾つもの本、衣装箱と中に詰まった彼女の私服。そのどれからも咲夜の存在を魔理沙は感じることができたし、そのせいかこの部屋はとても心地の良い場所のように安らげてしまうのだ。
「いいわ。私がいない間、部屋のものは好きに使って構わないけれど」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
「……ただ、昨日みたいに私の仕事が終わる前にひとりでベッドで始めちゃダメよ?」
「あ、あれはだな……! そ、その、違うんだ」
くすくすと、咲夜は思い出し笑いを小さく唇に浮かべながら、魔理沙の言葉を待たずに去っていく。
昨日のことを思い出して、顔が真っ赤に熱くなってしまっている。ベッドにくるまって咲夜の匂いに包まれていると、どうにも我慢できなくなってしまって……思わず先に始めてしまった昨日の感覚が、蘇ってきてしまう。
(ああ、もう。そういうこと言われたらだな……!)
自然と魔理沙の躰は淡い熱を帯び始めてくる。自慰を見られてしまった昨日には、散々そのことを言葉で責め詰られながら咲夜に幾度も愛されたものだけれど。……咲夜の残した言葉ひとつで、その時の快楽と幸せのあまりが魔理沙の中に克明に思い出されてしまうものだから。
魔理沙は我慢することができなくなる。静かに秘所へ這わせる指先は、部屋に染みついた咲夜の気配に包まれていられるせいだろうか。あたかも咲夜が与えてくれる慰撫の指先のように、魔理沙の躰に温かな快楽を刻みつけていった。