■ 32.「泥み恋情14」
「まだ起きてたんだ? 珍しいね」
縁側で何となく月を眺めていたら、掛けられてくる声があって少なからず霊夢は驚く。声ですぐに誰なのかは判ったけれど、振り向いてみれば案の定そこには見慣れた背丈の小柄な鬼の姿があった。
「萃香こそ珍しいんじゃない? 普段は早く寝てるんだと思ったけど」
「……割と、そうでもないかな。結構ひとりで長い寝酒をしてる時もあるし」
「あんたの寝酒なら、そりゃ長いでしょうね……」
酒豪の萃香のことだ、寝酒と称してどれぐらい呑んでいるか判ったものではない。
半ば呆れ顔で霊夢が溜息を吐くと、萃香は可笑しそうにカラカラと笑ってみせて。その笑い様があまりに心地よいものだから、深夜だというのにも関わらず霊夢もつられて笑ってしまう。
「眠れないのかい?」
「……ま、そんなトコね。たまにはそういう日もあるわよ」
「そうだねえ。……たまには私に付き合ってくれる日が、あってもいいだろうさ」
「ふふっ、それもいいかしら」
小杯を受け取り、萃香の手酌でお酒を頂く。季節柄か縁側というこの場所では少し肌寒くも感じていたのだけれど、それもお酒を頂けばすぐに気にならなくなった。
萃香は何も言わず、自分の方でもちびちびとやっているみたいだった。霊夢の小杯が空けばやがて継いできてくれるけれど、それだけで何も語らない。霊夢のほうからもまた何も言わず、ただ二人で静かに月と夜天だけを眺めていた。
「魔理沙なんかが企画して、みんなで馬鹿みたいに呑むのもいいけれど。……たまにはこうやって、しんみり呑むのもいいものね」
「……そうだねえ」
萃香は、それだけしか答えない。やりとりする言葉は続かない。
なのに霊夢は、不思議と二人きりのこの時間に、居心地の良さのようなものを感じていた。こうして寝酒をしているのは、本当にただ眠れなかったという理由だけで、別に萃香に隠す眠れない理由も何もないのだけれど。
言い訳をしなくても、眠れない夜にぐらいは何も言わずに付き合ってくれる。そんな萃香なりの優しさが、心に温かく届くせいなのかもしれなかった。
「そういえば萃香って、いつもはその瓢箪に直接口を付けているわよね」
「……う、ゴメン。そういうの嫌だったかな?」
「いいえ。……訊いてみただけよ、嫌なんかでは決して無いわ」
そう言ってから、霊夢は証明するかのように空になった小杯を萃香のほうに差し出す。
萃香の手酌で頂く何杯目かのお酒は、不思議と少しだけ萃香の味がするような気がした。