■ 115.「斯く熱めく - 02」

LastUpdate:2009/08/23 初出:YURI-sis

 えっちなこと、という単語。さとり様の口から、さとり様の声で直接に零れ出たその単語が、空の耳から届くと頭の中で何度もリフレインを繰り返して離れなくなる。確かに――さとり様の仰る通り、空がこうして抱える感情の蟠りは……そのまま、さとり様をより強く深く求めたいという想いに他ならなくて。空が求めて止まない多くの望みが、えっちなことで確かに得られるのかもしれないと空も思うけれど。
 だけど……まさか、さとり様とそんな過激なことをご一緒できる機会があるだなんて。まして、さとり様のほうからそれを望んで下さるだなんてことは、全く予想だにしていはいなかったことで。
 急展開しすぎる事態に、空の思考や理性の方が追いつかなくなってしまう。それでも、安易な気持ちで返事をしてしまってはいけない、ということだけは判るから。空がすぐに返事をすることができずにいると……悩んでいるこの気持ちも伝わっているのだろうか、さとり様は急かす言葉ひとつ吐かずに、ただじっと静かに空の言葉を待っていて下さった。

 

「……私には、そういう知識があまりないんです」

 

 ある程度の、漠然とした知識としてならある。けれど、何かの本で読んだのか、それとも噂話か何かで耳にしたのか。空が持っている、性自体や伴う行為についての知識は酷く断片的で曖昧だった。裸になって相手を求めるということは判るし、それがとても快楽を伴うことであるということ、時には苛烈な痛みさえ伴うものであるということも知っている。だけど――その実、行為の詳細についての知識と言えるものは、何一つ空の頭の中には無かった。
 せっかく機会が与えられているのに。さとり様を愛している自分の心には随分と前から気づいていたはずなのに、その気持ちが報われる瞬間についてまでは一切の想像が及んでいなかった自分を、今更ながらに空は悔いていた。もしも私が、ちゃんとさとり様を愛せるだけの知識を有していたなら、きっともっと簡単に返事をすることは出来たはずなのに。――私だって、さとり様ともっともっと愛し合いたいとは思っているのだから。

 

「ありがとうございます、空」

 

 未だ返事らしい返事をすることができないでいた私に、不意にさとり様がそんな言葉を掛けてくる。
 空が返事を言葉にして届けるよりも、心のほうが先にさとり様の許へ届いてしまっているのだと。そのことに気づいたのは、たっぷり数秒はその理由を頭の中で考えてしまってからだった。

 

「その気持ちだけで十分です。……空も、嫌だと思っているわけではないのですね」
「い、嫌だなんて! た、ただ、その……上手くできないかもって思うと、怖くて」
「上手くできなくてもいいんです。下手でもいい……ただ、空と一緒に恥ずかしいことをしたいんです」

 

 ぴたっと、空の左手に優しく重ねられてくるさとり様の手のひら。
 とても冷たくて、けれど柔らかな手のひらは。今までその手に触れることができたどんな機会に感じたものよりもリアルで、手と手を触れ合わせているだけでかあっと体温が上がってくるような気がした。

 

「……私も、したいです。さとり様とえっちなことが」
「はい、ありがとうございます」

 

 ぺこりと、空に小さくさとり様は頭を下げてみせて。
 どこかへ引っ張ろうとするさとり様のか弱い力に、空の躰は抗うことなく導かれていく。