■ 116.「斯く熱めく - 03」
腕を引かれるままに連れて行かれたのは、さとり様のお部屋。地霊殿に住み着くようになって長いのに、殆ど入る機会さえ無かった部屋にこうして足を踏み入れてみれば、それだけでもやっぱり逸ってくる心がある。現実感ばかりを増大させていく愛されることの憧憬が、幸せすぎる実感と共に今更になって少しだけ怖くも思えてしまうのは不思議だった。
そこまで考えて、空は『怖い』という感情を一瞬でも考えてしまった自分を悔いた。例え一瞬だけであっても、そうした感情を抱いてしまえば、きっとさとり様には伝わってしまうから。慌てて空は数多の雑念を生ませて心を覆い隠してしまおうとするけれど……そんなことで、一度伝わってしまった心を無かったことにできないのは明白なことだった。
「心を隠そうとしないで。『怖い』という気持ちぐらい、私も持っていますから」
「……すみません」
「謝ることじゃないですよ。……でも、そうですね。確かに、これからえっちなことをしようっていうのに、私だけ心を読めるのはフェアじゃないですよね」
ふむ、とさとり様は少しだけ考える素振りをしてから。
やがて何かを思いついたみたいに、うんうんと幾度か頷いてみせた。
「私に命令してください、空」
「め、命令ですか……!?」
「はい、私は……空のことが大好きです。だから、きっと空に命令されれば、それがどんなに自分に取って恥ずかしいことであっても拒まずに従えると思うんです。……ですから、私に命令して下さい。ひとつは『嘘を吐かないように』ということ、もうひとつは『心を隠さないように』ということを」
「さ、さとり様に命令だなんて……私にはできません」
「お願いします、空」
「……うう」
確かに、好きな人に命令されれば拒めないというのは本当みたいで。『お願いします』とさとり様に言われてしまったが最後、空にはもうそれを拒むことができなくなってしまう。
さとり様が主で、空を含むペット達が従。さとり様はあまり他者に対して何かを強いるような、命令ということをなさらないけれど。それでも、さとり様に飼って頂いているペット達の中に確かに存在する主従の意識に、抗うのは簡単なことではなかった。
「ええっと……じゃ、じゃあ。これから私と二人きりの時には、嘘を吐かないで下さい」
「はい」
「そ、それと。……なるべく、心を隠さないようにして下さい。私も、さとり様の正直な心を聞かせて頂けるのでしたら、是非聞きたいと思っていますから」
「はい。――では早速、ひとつだけ素直に甘えたいことがあるのですが、お願いをしてしまってもいいですか?」
「……はい。私にできることでしたら」
「ちょっとお願いするのが恥ずかしいことなのですが。……私の身体を抱えて、ベッドまで運んで頂けませんか。お姫様だっこっていうのが、ちょっとだけ憧れだったんです」
可愛らしく微笑みながら、そう言って下さるさとり様の表情は稚くて。
何だか、今すぐにでもぎゅっと力の限り抱き締めたくなる想いを、空の心に強く抱かせるのだった。