■ 163.「誠実と純真」
「これは何の薬?」
いつもの将棋のあと、食事でもどうかと誘われて訪ねたにとりの家。にとりが振舞ってくれた夕食は美味しすぎて、最初は食べきれるかなと首を傾げた普段よりもずっと多い量さえ、ぺろりと平らげてしまった。
そんな歓迎してくれるにとりの気持ちが伝わってくる豪華な料理を頂いて、にとりの後にお風呂も頂いてから椛が居間に戻ると、そこに薄い紫色をした液体を詰めた小瓶のようなものが置かれていて。
薄いとはいえ、鮮やか過ぎる紫の色の液体。その様相から、何か特別な薬液のようなものを詰めた小瓶であることは椛にもすぐに理解できて。だから椛は、率直に疑問をそう口にした。
「ええと……えっちな薬、なのかな」
「え、えっちな薬、って……?」
答えてくれたにとりの言葉に、驚きながらも椛はさらに問い返す。
一瞬何かの冗談か何かなのかと思ったけれど。何だかばつが悪そうに視線を背けるにとりの反応を見るに、どうやら正真正銘、この小瓶に詰められているものは『えっちな薬』であるらしかった。
「あのね、昨日文さんのカメラの調子が悪いらしくて、メンテナンスをしたんだけど」
「文様の? そういえば、確かに珍しくカメラを持っていらっしゃらなかったような」
「うん、昨日一日はうちで預かってたからね。……それで、メンテナンスのお礼にって、これを貰っちゃったんだ」
カメラの修繕の礼が、このような『えっちな薬』とは。
仕事に関しては誰よりも真面目なにとりへの報酬としては、いくら気心の知れた仲とはいえ些か不躾ではないだろうかと椛には思えた。すると、椛のそうした心が表情に顕れていたのだろうか。にとりは焦ったようにふるふると首を左右に振ってみせて。
「ちゃんとお金も別で貰ったから大丈夫だよ。だから……これは、おまけみたいなものかな?」
「おまけ、ねえ」
小瓶を手に取りながら、椛ははあっと重い溜息を吐く。おまけとはいえ、純真なにとりにこのようなものを……ある意味では文様らしいプレゼントであるだけに、得心がいくようで椛はさらに重い溜息をひとつ吐いた。
「もし扱いに困っているようなら、私のほうから文様に突っ返しておくが」
「ううん、少しだけ悩んだけれど困ってはいないから。……あのね、椛」
「うん?」
「良かったらそれ、一緒に飲んでみない?」
にとりが告げた言葉の意味が。椛には一瞬、信じられなかった。