■ 202.「泥み恋情」
「……は? 聞いてねーんですけど?」
仕事上がりに掛けられたフェイトの誘いの言葉に、ヴィータは思わず声を荒げる。
もう少しで私の仕事も終わるから帰らないで、と。引き留めてくるフェイトの言葉が持つ意味が判らなくて、ぶっきらぼうに問い返すと。そうしたヴィータの反応も予測済だったのだろうか、フェイトはくすっと小さく微笑みながら頷いてみせた。
「そうだね、いま初めて言ったかな。ヴィータ本人には、だけど」
「またはやての一存かよ……。私に用があるんだったら私に直接言えって、前も言ったろ?」
「うん、前も言われたね。でもヴィータは私が直接誘っても、うんとは言ってくれないでしょう?」
「……それは、そうかもしんねーけど」
ヴィータを貸して欲しいと、はやてに言えばすぐにオーケーしてくれるけれど。ヴィータを直接誘ってみても、色々と理由を付けて逃げられてしまうのが常だった。逃げるとはいってもヴィータも私と一緒に居るのが嫌で逃げているのではないらしくて、単純に恥ずかしくて逃げ回ってしまうだけらしくて。
だから、ヴィータのことを仕事帰りに『お持ち帰り』したいのであれば自分に言えばいいよ、と。そう提案してきてくれたのは、他でもないはやて本人だった。
「ヴィータが本気で嫌だって言うなら、私も無理強いはできないけどね」
「だ、誰もそんなことは……言ってねーです……」
はやてに話を通してあることにしてしまえば、ヴィータはフェイトの誘いを拒まない。
フェイトはその理由を、初め主従関係がヴィータを縛っているからなのだと思っていた。ヴィータの意志に関わらず、主であるはやてが許可するのであれば、それに従わなければならない意識が騎士である彼女を縛っているのだと思って。だから、はやてから『自分に言えばいいよ』と提案こそされても、甘えてはいけないように思っていたのだけれど。
今はそれが違うのだとフェイトもちゃんと知っているから。だからはやての言葉に甘えるようにヴィータを借りる約束を頻繁に取り付けては、それを理由にヴィータのことを『お持ち帰り』するようになった。ヴィータが欲しているのは、あくまでも恥ずかしい自分を諫めることができる何かしらの理由そのもので。だからフェイトがはやてからヴィータを借り受ける約束さえ取り付けて体だけ整えてしまえば、それだけで何のかんのと文句こそ呟きながらも、いつも最後にはヴィータも頷いてくれるのだ。
「はやての元に帰っても、はやてにヴィータを借りる約束を事前にしてあるから、今日はヴィータのぶんのご飯は無いと思うよ? ……残念だなあ、私の部屋にはちゃんとヴィータを歓迎する為に豪華な料理を用意してあるんだけどなあ」
「……うう。わ、わかったよ、行けばいいんだろ! 行けば!」
「うん、ありがとうヴィータ」
ヴィータの心理が判る。私の心も、きっと彼女に伝わっているのだろう。
はあっ、とヴィータはひとつ大きな溜息を吐いてみせる。彼女の表情を見確かめると、そこには諦めとか不承不承といった様子ではなく、なんだか笑顔のようなものまで見て取ることができるような気がして。
「……お前って案外、強引だよな」
だからヴィータがそう漏らす言葉も、嫌な気持ちで吐かれたものでないことは、すぐにフェイトにも理解できた。
「うん、好きな人にだけはね。ヴィータ以外にはこんなことしないけど」
「め、迷惑な話だぜ……」
フェイトの隣を歩きながら、恥ずかしさに顔を伏せるヴィータ。
いつか彼女が、恥ずかしさに堪えながらも素直に自分の誘いを受け付けてくれる日が来てくれれば嬉しいなと。遠くない未来を夢見るように確かな気持ちで、フェイトはそう思うのだった。