■ 204.「従者に隷属」

LastUpdate:2009/11/20 初出:YURI-sis

 目を覚ましたその場所が自分の部屋でなかった時の不安といったらない。第一、瞼を開くよりも以前から感じていた柔らかすぎるベッドの感触からして自分の部屋のものでないことは明らかなのだ。
 保温性に優れたベッドは寝心地が良すぎるせいか、随分と長く眠ってしまっていたみたいで。まだ少し芯が通らないままのぼやけた思考の中で、魔理沙は必死に現在自分が置かれている状況を整理しようと試みる。ここがどこかも判らなければ、そもそもどうしてこんな状況に身が置かれているのかも判らない。意識を失う直前に、私は何をしていただろうか。確か……そう、またいつものように本を拝借しに紅魔館を訪ねてきて……。
 そこまで考えて、ようやく魔理沙はどうして意識を失っていたのか、その理由に思い当たる。いつものように門番を打ちのめして紅魔館に入り、さらに地下の図書館に向かう途中のことだった。待ち伏せるように立っていた咲夜と弾り合うことになり、そして……魔理沙は、撃ち堕とされたのだ。
(……すると、ここは紅魔館か)
 だとするなら確かにこの柔らかすぎるベッドにも、不必要に絢爛じみた部屋の内装にも合点が行くような気がした。あの派手好きの吸血鬼の家であれば、なるほどこのような悪趣味な客室にもなるだろうから。
(長居は無用、か)
 紅魔館なのだと判りさえすれば、ここにはもう用などある筈も無い。
 ――今日は咲夜に負けたのだ、おとなしく引き下がるのが敗者の分というものだろう。
 羽毛が詰まっているのだろう。妙に重い掛け布団を払いのけて、魔理沙はベッドからその身を乗り出そうとする。ベッドから今にも下りようとして、そして――躰に付き纏う妙な違和感に気づくと。慌てて掛け布団をもう一度手繰り寄せて、躰ごと布団の中に潜り込んだ。
(ど、どうして私は裸なんだ……!?)
 季節は冬なのだから、紅魔館の室内とはいえ寒いのは当たり前で。掛け布団という温かさから脱却し、寒すぎる室温をその身に直接感じて初めて、魔理沙は自分が裸であるという事実に気づかされる。
 冬物の厚いドレスだけではない。その下に着ていた筈のシャツやドロワーズといった下着の類さえ、ご丁寧に魔理沙の躰からは脱がされてしまっていて。
(意図的に、脱がされている……?)
 部屋の中をくまなく見回してみても衣服の類は見あたらず、何かしらの狙いがあって裸にされているのは明らかだった。まだ何もされてはいないとは思うけれど……誰かの手によって裸に剥かれ意識さえ失っていた自分の躰に、もし知らない間に何かされていたらと思うとぞっとする。
(どうしよう……お、落ち着かないと……)
 当初思っていた以上に危険な現状に、心が動揺を覚えずにはいられない。窮地であればこそ心には冷静さを保たなければと判ってはいるのに、どんなに落ち着かせようと思っても上手くはいかなくて。
(に、逃げないと、逃げないとヤバいぜ……)
 誰かに裸を見られてしまうかもしれない。それは十分嫌なことではあったけれど、身を守る為ならある程度の恥も致し方ないことなのは明白だった。決意を心に決めた魔理沙がベッドから飛び出そうとした、その刹那――部屋のすぐ手前にまで差し迫る誰かの足音に魔理沙は気づく。
 コツコツと確実に迫り来る足音に縛られるかのように魔理沙はベッドからそのまま身動きが取れなくなって。固唾を呑んで魔理沙が見守る部屋の扉は――二回だけノックされたあと、カチャッと開かれた。

 

「ごきげんよう、魔理沙。気分はいかがかしら?」
「最悪だぜ……」

 

 そこに居たのは魔理沙を撃ち堕とした張本人である彼女、十六夜咲夜。
 彼女が浮かべる笑顔を震える程に怖いと思ったのは、これが初めてのことだった。